読書

櫓を仰ぎ見る

講義録ひもとく真昼ねむたさは書庫のにほひを伴ひて来ぬ 一首目を読んだときにあふれ出した記憶に、それが今なお自分の中に確かに残り続けていることに震えた。それは紛れもない、あの「書庫」であり、絶版本や遠い昔の文芸誌のバックナンバーを読み漁りに彼…

ごちそうさまでした、と言いたくなって

「食はひとの生理と文化のはざまでいつも揺れている」というのは、鷲田清一氏の言葉で(※)、人間は食べずには生きていけないし、共食が人とのコミュニケーションの大切な手段とされているのは、歴史的にも明らかなことである。けれど、食に対する好き嫌いや…

この世でもあの世でもない場所から

恒川光太郎『白昼夢の森の少女』(角川ホラー文庫) 文庫を心待ちにしていた本。一つ読み終えるたびに、それが短篇に似つかわしくないほどの読み応えを感じる作品集だった(いつも思うけれど、「ホラー文庫」というほどホラーではないので、怖そうだからと敬…

まるい鏡が映すもの

偶然のめぐり合わせで出会った人が、どこか遠く、忘れてしまった記憶の彼方で出会っている人だったらと、現実と物語のあいだをたゆたうように本を閉じる。それが幻想でも妄想でも、そんなふうに現実を意味づけられたら、少しは強く生きられそうな気もする。…

わずか一点の綻びから

長い歳月をかけて緻密かつ繊細に作り上げられた完成品が、一瞬にして崩れ去る瞬間というのは、儚いながらも名状しがたい美しさを放つ。それは打ち上げ花火が夜空に開花する瞬間や、桜が散りゆく瞬間に代表されるような、日本的な美の性質と言えるのかもしれ…

閉じられた表現をまとって

鷲田清一『ちぐはぐな身体 ファッションって何?』(ちくま文庫)を読了した。 著者が高校生に向けて語るように書いたもので、平易な言葉で服装を通した自己と他者に関して書かれている。主題であるファッションとはあまり関係のないところで、いろいろと思…

物憂さは影となりて消えゆく

竹西寛子『式子内親王|永福門院』(講談社文芸文庫) 形而上へ思いを馳せる和歌が、「新古今集」の頃から存在していたということ。夢とうつつのあわいを彷徨うその言葉に「憂き世」を思わざるをえない(「式子内親王」)。そして、叙景に徹することで逆説的…

失われつつある情緒を求めて

岡潔『春宵十話』(角川ソフィア文庫) 「人の中心は情緒である」と始まる数学者のエッセイは、響いたり刺さったりする言葉が多かった。 数学という、論理の極北にあるような営みも、それは自然との調和を抜きにしてはかなわず、それを可能ならしめるのは人…

読めなかった本を読むために

読もうとして、うまく自分の感覚と合わなかったり、難しいと感じたりして、挫折してしまった本がたくさんある。それらは、挫折したとはいっても、人生において一度は憧れ、自分の糧としたいと願った本たちであり、文学史上に名が刻まれている以上は、その刻…

拍節に耳を傾けること

明けましておめでとうございます。 2021年は、仕事や読書の面ではおおむね頑張って、それに伴う結果も得られたと思っています。それ以外がなかなか思うようにいかず、精神的にきつい状況もありました。抱え込むほかどうしようもないものをどうにかできるよう…

読書記録2021

年の瀬、現在9連勤の8日目が終わったところで、明日行けば仕事納めです。例年、年末はこういう感じなのですが、読書記録をアップするのも、休みに入ってからだと力尽きてできなかった2020年だったので、今年は休みに入る前に記事にしました。 1/10 パスカル…

ほかならぬ誰かになるために

川上弘美『某』(幻冬舎文庫) 二日間でほぼ一息に読んでしまった久しぶりの川上弘美さんの小説の感想を、読了の勢いのまま綴っておきたくて書いている。 この小説においてまず、人は、あるいは自分は「何者なのか」ではなく「誰なのか」という問いが立てら…

『長城の風』に吹かれて

写真に撮る、何度目の紅葉でしょうか。あなたがかざした一枚を、真っ赤な夕陽が照らしていた日のことを思い出します。遠ざかる日々のことは、振り返らずにいるとあっという間に見えなくなってしまい、ひとり途方に暮れています。すぐそばにあったものも朧気…

「見る」ということ――竹西寛子さんの文章に触れて

竹西寛子さんの文章はつねに、何かを書くという行為を振り返るきっかけになる。それは、仕事に急き立てられて物事をじっくり考える時間の取れない自分を静かに戒めてくれるようで、乾いていた土壌に雨水がしみ込んでいくように、足りなかったものが満たされ…

地上の楽園を夢見て

世が乱れ、信じる心の拠り所が失われゆくなかで、ひとは何をもって誰を信じて生きてゆけばよいのか。異なる主義主張、正義と信念がぶつかり合う物語は面白く、スリリングな展開の果てを拝んだところで、「さて、お前はどう生きる?」と喉元に突き付けられる…

ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』を読む

GWと同じ日数の連休をいただいて、緊急事態宣言と連日の雨天によってどこにも行けないなかで、誰と会うこともなく読書に勤しんだ。 メルヴィルの『白鯨』を5月に通読したように、まとまった時間のあるときにしか読めない長篇を読破したいという思いで、買っ…

メルヴィル『白鯨』を読む

どこにも行けない以上、本の世界に行くほかない。そんな思いで、普段なら読めない長編を物色する中、作品があまりにも多様なモチーフに用いられながら、あまりにも通読へのハードルが高そうな巨編を見つけ、手に取った。 ハーマン・メルヴィル 八木敏雄訳『…

本の話あれこれ

現時点での自分の興味・関心がどういう方向に向いているのかを自覚するのにジュンク堂に行くと、読みたい本が幾何級数的に増えていく。 現在は、上林暁の短篇集『聖ヨハネ病院にて|大懺悔』(講談社文芸文庫)を読んでいる。センター試験'19の小説「花の精…

読書遍歴④ 2008年 ~神様降臨~

中学時代からの読書遍歴を書こうとして、19歳の2007年まで書いて、そろそろ続き書かないとなと思っていたらなんと1年以上経っていた。あれがもう去年(正確には1年と2ヶ月前)なんてそんなはずはないのだけれど、記事がそうなっているのだから実際にそうで、…

物語の刻印をなぞって

ひとに本を薦めたのに、その本の読後感以外はほとんどが消え去ってしまっているというのは悲しいと思って、薦めたそばから慌てて再読を始めた。過去に綴った感想は、調べてみると10年前のものだった。 小川洋子『密やかな結晶』(講談社文庫) 10年ぶりに読…

鉄道文学の車窓から

電車を扱った小説は数多くて、その名作の多さには驚かされる。自分の読んだもので言えば、タイトルに「鉄道」が入る宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のほかに、有名すぎる冒頭に加えて車窓からの描写が美しい川端康成の『雪国』、焦燥に駆られながら列車内で回想…

密室読書雑記

ひたすらに読書している。どこにも行けない8連休を、引きこもってゲームし倒す心づもりだったのが、やっぱり本を読もうと2日目に思い直し、4/30~5/5までで、8冊読了した。感想はそのつどTwitterに挙げているが、総じて思うことを、ここにしたためておきたい…

杭を打ち込むように

連日書いたのなら三日目もという気持ちで、記事を書こうとしている。140字に収めるように書いて、笹船のように流れていくよりは、流れの中に一本ずつの杭を打ち込むようにして、文章を綴っていたい。 特に何もしない休日を過ごした。雨だったこともあって、…

読書記録2019

明けましておめでとうございます。年の瀬に更新できず、2020年になってしまいましたが、以下は2019年の読書記録です。体力的に多忙だった1年でしたが、心の余裕があったことは、冊数からも明らかかと思います。結構読んだのではないかと。ミステリーが多めで…

知的教養と論理の迷宮 有栖川有栖作品について

一般にミステリと呼ばれる作品を読み始めたのは、読書遍歴の記事にも書いたように、高校時代の宮部みゆき、本多孝好、伊坂幸太郎(伊坂さんについてはミステリというより「伊坂幸太郎」というジャンルだともいえる)がそのきっかけになる。ただ、いわゆる本…

書くことの永遠に憧れて

文章を書くこと、あるいは物語を書くという行為には、自分自身の思いを自由に書き連ねるという表現の悦楽と、無から有を生み出す苦悶の往復が付きまとう。これは、書き手が小説を書くという行為を突き詰め、読み返し、書く行為そのものの痕跡を深々と刻もう…

読書遍歴③ 2007年

これを読んでくださっている方々がどのような感想を持っておられるのかわからないけれど、取り上げた本を読んだ覚えがあったり、似たような思い入れがあったりしたときに、教えてもらえたらとても嬉しいです。 ここからは大学以降の話で、片道2時間の通学時…

読書遍歴② 2004年~2006年

■16歳~18歳 高校に入ると、ライトノベルは読まなくなっていた。ファンタジーを書くことに必要な知識量や発想力、キャラクターを生み出す創造力に、矛盾のない世界観を組み立てる難しさを、いざ自分が書こうとして思い知ったのだと思う。何よりも書くために…

読書遍歴① 2002年~2003年

文章を書いて生きていきたいと初めて思ってから15年ほど経つ。書くことそのものが仕事にはなっていないものの、「書くために読もう」と思ってからのほうが、それまでの人生より長くなりつつある。読み続けること、書き続けることを辞めたら、自分が自分でな…

引き伸ばし、歪んだ現実の向こうに見えるもの

柴崎友香 『パノララ』(講談社文庫) ※感想を書くにあたり、本文の核心に触れている部分があります。あらかじめご了承ください。 緩やかなようで独特な、そして鮮烈な読後感を残す小説だった。 主人公の「わたし」(田中真紀子)は東京で会社勤め(契約社員…