密室読書雑記

 ひたすらに読書している。どこにも行けない8連休を、引きこもってゲームし倒す心づもりだったのが、やっぱり本を読もうと2日目に思い直し、4/30~5/5までで、8冊読了した。感想はそのつどTwitterに挙げているが、総じて思うことを、ここにしたためておきたい。

 

 まず、読み終えた本は以下の通り。

 5/1 島田荘司占星術殺人事件

 5/2 綾辻行人『霧越邸殺人事件』上下

 5/3 吉田篤弘『フィンガーボウルの話のつづき』

 5/3 小川洋子堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』

 5/4 吉田篤弘『月とコーヒー』

 5/5 石川淳『六道遊行』

 5/5 伊坂幸太郎『逆ソクラテス

 

 読書をするとき、動機になるのは、ただ読みたいという思いや、自身の知識や思考を深めたいという思い、読み終えたら感想を分かち合いたいという思いなど様々だが、この連休中は、ただひたすら自分の読みたいと思うものを読んできた。

 ミステリが中心なので、物語の筋を追う読み方が基本になる。

 

 島田荘司の『占星術殺人事件』は、御手洗潔シリーズの出発点であり、先に『斜め屋敷の犯罪』や『星籠の海』を読んでいたので、そろそろ原点を理解しなければと思い手にとったのだが、なかなか手ごわかった。40年以上未解決の事件に立ち向かうため、読者にもまず、その事件の全貌が示される。それを追いかけるのがまずきつかったので、一気に読むこともできず、実質連休に入る前に1週間ほどかけて読もうとして挫折しかかっていたのを、体調を整えて何とか読み通した感じである。

 ただ、新本格ミステリの潮流を生み出す記念碑的作品として、その複雑怪奇な事件の真相であるトリックの、信じられないほどの明快さは一読に値するものだった。読んでよかったと思う。

 

 綾辻行人の『霧越邸殺人事件』は、館シリーズが残り少なくなってきたので、講談社文庫以外の代表作をと思い、手にとった。とはいえこれも立派な館を舞台にしており、「吹雪の山荘」でのミステリである。道に迷った劇団「暗色天幕」を待ち受けていた謎めく館「霧越邸」は、鏡となって訪れる者の未来を暗示する。北原白秋の詩になぞらえられた連続殺人は、雪の舞うなかでより複雑さを増し、不可解さは幻想性に包まれる。王道の形式をとりながら、それを幻想性と融合させ、論理的な推理を成立させながら、非現実的な読み味わいを保つ作品として、この美しさは唯一無二だと思った。

 

 そして、吉田篤弘作品を『フィンガーボウルの話のつづき』『月とコーヒー』と読んだのだが、久々に吉田さんの作品を通読して、温かい気持ちになった。それぞれ短篇集だが、世界の片隅で、誰でもない人たちのささやかな交流が描かれている。現実における具体性をどこまでも削ぎ落とし、サンドイッチやコーヒー、シチューなどの食べもののおいしさを際立たせながら、ゆっくりと本を読む時間の尊さと心地よさを提供してくれる作品群だった。

 

 小川洋子堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』は、ずっと読みたかった、敬愛するお二人による短篇連作。往復書簡の形式をとられている。光を失った男性と、まぶたを閉じて生きていくことを決めた女性。かつて愛し合った二人の間で交わされる、二人だけの静かな言葉の数々である。重なり合う比喩、変奏されていくモチーフ、飛翔する空想のやりとりに、心打たれる。残りわずかな灯火となった命を見つめながら、一緒にそこにいない決断をとらざるをえなかった悲哀と、それでも距離を越え、まぶたの裏の闇に放たれ、色彩を帯びていく言葉の一つひとつがいとおしくなる。

 手紙はつねに過去を映し、書き連ねられた過去の余白に、思いを重ね、筆跡を未来へと投じる営みである。筆跡を目にすることができない彼らのコミュニケーションだけれど、重なり合う言葉の美しさ、響き合う文章の豊かさに、ため息が出る思いであった。

 

 石川淳『六道遊行』は、絶版となっているが、とんでもない長編小説である。平城の都で、盗賊の頭を務める上総の小楯が、春日の森の白鹿の導きよって時を越え、奈良と現代東京を行き来する。自身がきっかけで現代に生を受けた「我が子」の行く末を見守るために時を渡り、帰ってきては、「姫のみかど」への思いを募らせ、彼女を取り巻く権力争いに鉄槌を下す。

 文語の語り口を織り交ぜながら語られる奈良のパートと、金の亡者たちに囲まれる「我が子」を見守る現代のパートが交互に展開されるのだが、こうも巧みに日本語を操れる作家は稀有であろう。作者の教養の深さと、自在な文章力に唸るほかなく、洒脱なユーモアに笑いをこらえつつも、結末の美しさに息を呑む、そんな作品だった。絶版なのが惜しい。

 

 伊坂幸太郎『逆ソクラテス』は、先入観と闘う少年たちの短篇集。「逆転」をキーワードに、劣勢がひっくり返されるさまは、わかっていても快い。高校時代からずっと新刊を追い続けている伊坂さんの作品であるが、期待を裏切ることなく書かれ続ける物語が、読んでいてうれしかった。また、作中の少年たちに助言を与える先生たちの個性に、伊坂さんの教育論めいたものが垣間見えて興味深かった。

 

 ということで、じっくりではないけれど、感想をざっと綴っておく(2000字を超えた)。まともにひととしゃべっていない連休なので、インプットばかりだと心が破裂しそうになることに今さらながら危機感を覚え、書き起こした次第。そういう連休だったことも、ここに残しておく意味はあるはずと信じながら。連休は明日までなので、引き続き、読みたいものを読むことにする。