読書

読書記録2015

2015年は、幸せな出来事と苦しい出来事の振れ幅が大きい一年だった。うれしいことも、つらいことも昨年以上。そんな気持ちの起伏に寄り添うかたちで読み続けてきた本の数々がある。 今年もまた、大切にしたいと思えるたくさんの本を手に取ることができた。そ…

愛と死の円環をたどって

殺意と愛が、薄い紙の表と裏に描かれていて、風が吹くたび代わる代わるはためいている。それはあまりに危うく、あまりに心もとなく、それゆえにその身を支える一本の柱と、そのよりどころを求めてしまうのかもしれない。 沼田まほかる 『ユリゴコロ』(双葉…

神なき時代の切実な祈り

戦後の日本において、信仰とは何なのか。誰もが平和を希求しながら、正義そのものの価値が崩れ、混迷する時代。神などどこにもいないという諦めが寄り添い、どのように生きてゆくべきか、迷い、悩み、惑い、苦しむ闇の中に、そっと一条の光が差し込んできた…

最も明るい四等星に向かって

何かを失うことでひとが前に進めるのだとしたら、自分が失うものは何だろう。鏡の向こうを眺めて、そこにある別の世界のことを思う。何かを大切にするために、捨ててしまわなくてはならないものが、悲しいけれど現実にはあるのかもしれず、そんなもののこと…

喪失から物語は始まる

ポール・オースター[著] 柴田元幸[訳] 『ムーン・パレス』(新潮文庫) 物語の根源には、喪失がある。何かを失うことで見えてくるもの――それは、すでにそこにあったものが見えるようになることでもあるし、新しい意味や価値の発見でもある。目の前で起こる出…

生と死と愛をめぐる魂の彷徨

福永武彦 『死の島』上・下(講談社文芸文庫) 途轍もない小説を読んだ。何から言葉にしようかと考えながら、渦巻いている読後の余韻の正体が、果たしてどういった種類の感情なのかを確かめるように、上巻のページを初めからめくり、最初に読んだときとはま…

読書記録2014

一年の振り返りは、つねに読書の振り返りとともにある。今年読んだ本を思い返すことが、そのときどんなことを考えていたかを思い返すことにつながって、新しい一年へと続いていく。これを書かなければ一年を終えられないように思え、今年もまた、ささやかな…

鮮烈な幻想的現実

1冊の本を、少し時間をかけて読み終えたに過ぎないのに、なにか、何冊もの本を読み終えたような読後感に包まれて、感想を書いている。ちょうど読み始めてから1週間経つのだと振り返ってわかったけれど、本当に1週間だったのだろうかと、不思議な記憶の歪…

宵闇を彩る恐ろしさの絵筆

日が傾いて、薄暗くなってくる時間に、それでもまだ遊んでいたくて、なかなか帰ろうとしなかったことがある。公園を出て、いざ帰ろうとするころにはすっかり夜に包まれてしまい、無事に帰れるように自転車をこぐ足にも力が入った。 夜道を帰ることなど、大人…

物言わぬモノとなって

死者が語る声に耳を澄ませる物語には、幾度となく出会ってきたけれど、死者として、残されたひとたちを見つめる物語は初めてだった。 東直子『とりつくしま』(ちくま文庫) この世に未練を残したまま亡くなったひとが、「とりつくしま係」によって「この世…

揺らぐ日常と確かな言葉

「日常」という言葉について思う。それは「普通」という言葉と同じくらい、不確かで、危うげで、もろいものなのかもしれず、だからこそ、そういったはかなさを実感したとき、その瞬間をいとおしく思い、大切にしようと思える。そんなことを考えさせてくれる…

物が語るうつくしさ

買わない理由が見つからない。そう思った本がある。 小川洋子 クラフト・エヴィング商會 『注文の多い注文書』(筑摩書房) 大好きな作家である小川洋子さんが、吉田篤弘さんの『針がとぶ』(中公文庫)の帯と解説を書かれていたことでさえうれしかったのだ…

猫を拾いに行きたい

川上弘美さんの『猫を拾いに』(マガジンハウス)を読み終え、感想をツイートしたものをまとめておきたい。思いつくままだらだらとツイートしてしまったために、それなりの量がある。これなら初めからここに書けばよかったと思った。 川上さんの言葉はいつも…

言葉の窓辺でまどろむ

窓際に座って外を眺めるという行為には、いつでもどこか魅力的な何かを感じる。高さのある場所から、普段とは違う視点で、眼下に広がる景色を見ていると、地上からは見慣れているのに、しばらく眺めていたいと思う。交差点を行き交う人々を窓から見下ろすこ…

吉田篤弘さんばかり読んでいた

twitter上で、深夜に突発的に文章が書きたくなり、書きつづった吉田篤弘さんの本への所感を、流れていくのがもったいないのでまとめておきたい。ツイートに、少し手直しも加えつつ。 何か一つのことに打ち込む様子を表す助詞「ばかり」の持つ魅力を、吉田篤…

読書記録2013

本当に瀬戸際に立って迎える年の瀬。今年も恒例、2013年の読書記録をここにまとめたい。読んだ本を並べることは、その時々の思いを綴るより、克明にその年を物語るような気がする。読んだ本が人生を創る。そんな思いの中、忙しいながらも充実した読書生活を…

ここではないどこかのきらめき

ページをめくることがいとおしく感じられる読書の時間は、至福以外の何ものでもない。そんな幸せな時間を約束してくれる物語の数々を、今、味わうように、かつ、むさぼるように読んでいる。 吉田篤弘 『針がとぶ』(中公文庫) 『それからはスープのことばか…

死をもって語るその声に、静かに耳を傾けること

――あの人たちは何も語らなかっただろうか。あの人たちは本当に何も語らなかっただろうか。あの人たちはたしかに饒舌ではなかった。それはあの人たちの人柄に先ずよっていた。 佐多稲子 『樹影』(講談社文芸文庫) 引用した書き出しから、まっすぐな問いが飛…

人々は祈り、また海に出る

日々を無事に生きていきたいという思いは、自然と祈りというかたちをとって現れる。人間の力の決して及ばない場所に、特別な何かの存在を生み出して、人々は祈りをささげる。一日でも長く生きようとする思いに、善悪はあるのだろうか。 吉村昭 『破船』(新…

秋の枯れ葉のものがたり

深まる秋、降り積もる落ち葉を踏みしだいて歩く先に、長い冬の眠りが待っている。萌えいずる春を迎えるまで、ゆっくりと目を閉じる彼ら。 荘厳な額に入れられた銅版画の物語がここにある。 山尾悠子 『ラピスラズリ』(ちくま文庫) ここではない遠い世界の…

湖に降る敵討ちの雨

過去に読んだ小説で出会った彼のおかげで、雨が降っていると、ときどき死について思いをめぐらせるようになった。人間に興味はないが、担当する人間にはきちんと調査を行い、判断を下す。淡々と「仕事だからだ」と言う彼が、不思議なほど恰好よく見えてくる…

文章のゴシック建築

幻想、という言葉の響きは、いつだって言い知れぬ魅力に満ちている。けれど、魅力を感じながらも、これまではずっとそびえ立つ言葉の城を、遠目から眺めていただけだったように思う。城門はつねに開放されていたにもかかわらず、外観の美しさから、一度入っ…

さえずりにじっと耳を澄ませて

行間から聴こえてくる優しいさえずりに、耳を傾ける。澄みきった青空に響くメジロの高い歌声が、心を洗う。 小川洋子[著]『ことり』(朝日新聞出版) 昨日、京都と大阪を往復する間、ずっと読んでいた一冊。 “小鳥の小父さん”と呼ばれる男性が、ある日静かに…

読書記録2012

読み終えた本が、自分自身をつくる。書き連ねられた文字を目で追い、紡がれた言葉を心に沁み込ませ、編み上げられた文章から浮かび上がる自分だけの特別な意味を噛みしめる。2012年は、そんな読書の悦びを、深く深く味わうことのできた一年だった。 本を通じ…

舞い上がり、飛翔する言の葉

小説になしうることは何か。文章でできることは何か。言葉で組み上げられる芸術とは何か。そんなふうに小説の持つ役割や可能性を考えたとき、思い浮かんでくるいくつもの雲のような想像を吹き飛ばし、常識を転覆させ、波間に漂う心にうつくしい虚構の伽藍を…

魂の肖像

大学時代に意を決して読もうと試みたものの、通読どころか、第一章を読み終えることすらままならなかった一冊がある。敬愛する作家が尊ぶ一冊であるというのに、書物はお前にはまだ早いといわんばかりに拒んでいるようで、ページをめくる手を重くさせ、結局…

「事実」が語る衝撃

衝撃的な作品との出会いが、読み手に文章を書かせる。単なる感想にとどまらず、一つの書評となるように、そして、記録に残して記憶を刻み込むために、一冊の本について記しておきたい。 アゴタ・クリストフ[著] 堀茂樹[訳]『悪童日記』(ハヤカワepi文庫) …

移ろう雑感その他

切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために 立ち止まって考えたいとき、よく笹井宏之の短歌をひもとく。今というこの瞬間に一抹の不安を抱え、一寸先の未来に疑いのまなざしを向けたくなったとき、永遠を内包する刹那的な言葉で、雨…

備忘(積読一覧)

※順不同(思い出した順)。読みかけ含む。 ・堀江敏幸『バン・マリーへの手紙』(岩波書店) ・堀江敏幸『なずな』(集英社) ・堀江敏幸『象が踏んでも 回送電車Ⅳ』(中央公論新社) ・堀江敏幸『ゼラニウム』(中公文庫) ・野矢茂樹『「論理哲学論考」を…

柴崎友香さんについてのツイートまとめ

昨夜、ツイッター上で好きな作家についてひとりで勝手に語るということをやってみた。以下はそのまとめである。こんなことを始めるとますますブログを更新しなくなる気がするけれど、まあいいかなと思うくらいツイッターが楽しくなりつつある。 というわけで…