書くことの永遠に憧れて

 文章を書くこと、あるいは物語を書くという行為には、自分自身の思いを自由に書き連ねるという表現の悦楽と、無から有を生み出す苦悶の往復が付きまとう。これは、書き手が小説を書くという行為を突き詰め、読み返し、書く行為そのものの痕跡を深々と刻もうと試みた作品である。

 

 金井美恵子『岸辺のない海』(河出文庫

 

 本文は、海辺のデッキ・チェアに座り、これから書かれる物語について思う彼の見ているもの、感じているものの描写に始まり、すぐに《》で括られた、彼の書く文章が始められる。それを小説と呼ぶべきか、散文と呼ぶべきかは、読み進めば読み進むほど判然としなくなり、詩のような飛躍さえ帯びてくる。

 書く行為を進めていく「彼」と、彼の書く文章の中の「ぼく」の思考と経験は、やがて混じり合い、果てのない航海、あるいは漂流が始まる。浜辺の描写、「彼女」との会話、少年、少女との交流、「彼」の記憶、「ぼく」の行為、「ぼく」の思考、「彼」の思念、明確な因果関係の鎖から解き放たれ、文章は寄せては返す波に揺られるように漂っていく。小説を書こうとする「彼」の空想と思考はつまり、書く者がつねに直面する創造の意味への問いであり、その行為の動機の追求でもある。書こうとする「彼」、そして、書こうとする書かれた「ぼく」の出現。それは、『岸辺のない海』を書き進める、もう一人の書き手の姿をあぶり出し、小説全体によって、書くという行為そのもののありようを示唆していく。

 

 書く前の逡巡、未だ書かれていない言葉への憧れ、書かなければならないという意志、書くことの苦悩、書き続ける困難、書くことしかできないという諦念、書かれてしまった文章との対話、そして、読み返すという行為。繰り返されるモチーフと、イメージの列挙は、断片的な反復の中にある差異によって、文章を先へ先へと進める推進力になり、書き手の意志や意図を離れ、得体の知れないうねりを生み出し、読み手を巻き込む。しかしそれでも、幾多の登場人物の中に埋没してしまってもなお、書き手はただ一人、孤独の淵に佇んでいる。その思索に寄り添うように、ただひたすら、書かれた言葉を辿っていた。

 理解と無理解という地平はすでに遠く、これがこうして書かれたものとして現前し、それを自分自身が読むことができている快楽に揺られるという、非常に稀有な読書経験だった。

 

 金井美恵子さんの作品は、『ピクニック、その他の短篇』(講談社文芸文庫)以外は読めておらず、遠ざかっていたのだけれど、何とかこうして通読することができて嬉しい。『岸辺のない海』は、冒頭だけ幾度となく立ち読みしながら、まだ今ではない、けれどいつか、と思い続けていた一冊だった。今読めてよかったと思う。

 最後に、冒頭に書かれている一節を引用しておく。

 

 

――とどまることなく、続けざまに亡命しつづけること。それは書くことに他ならない。休みなく、夜と昼のたまりの中で、肉体を包囲する空間と、閉ざされた道の迷路の中で、《もとよりれっきとした図面といっても、描いてある道はただ栗の毬の上へ赤い筋が引っ張ってあるばかり。難儀さも、蛇も、毛虫も、鳥の卵も、草いきれも、記してあるはずはない》地図の中の緑色の平野と薔薇色から茶色へと色を変える山地と、赤い糸筋のような等高線と水色の河川と、鉄道と道路と地名を記す小さな点の中にわけ入り、地図に描きこむことの出来ない空間へ、生きるために、もしくは、生きる理由なんてものがないことを知るための逃走、そして闘争。ぼくは書きつづけよう。ぼくの灰色の表紙の航海日誌を――。岸辺のない海をめぐる永遠の航海に、永遠の不可能の航海に出かけよう。ぼくは書きつづける。書きつづけるために――。

 何よりもまず、休みなく書きつづけること――。 p.12

 

もう一度、書くことは生きること

 書くことは生きること。何かを書こうとして、考えても考えても出てこなかったり、まとまらなかったりするとき、しるべのように心の奥に立つ、その言葉の前に戻る。心の中にある思いを練り上げ、文章にすることを長らく怠ってきたことを恥じ、佇むことしかできないでいる自分の前に、過去の自分自身の言葉が静かに浮かんでくる。誰のものでもない、他ならぬ自分の言葉で刻んだその座右の銘は、荒野のような孤独にあっても揺るぎなくそこにある。長く書かなくなっても、書くことは生きることだと強く思い続け、書けないまでも読むことはやめるまいと生きている。かくあるべしと凝り固まった思いが、よりよく生きるための変化を拒んでいるように見えたとしても、言葉に触れ、考え、書き続ける自分でいたいという思いは消えない。

 何を読んだときだったか、あるいは読み続けるうちにそう思うようになったのか、ひとの心を真に揺り動かす文章は、書き手がその命を削り、燃やして書かれたものなのだと、確信した瞬間があった。語彙を得て、適切に選び、丁寧に使っても、並べられた言葉が厚みを持たず、響かないのは、読んで考えて書くことへの真摯さをもっていないからだとさえ思った。書き続けて生きるには覚悟がいる。その意味では、言葉だけで生きていくための覚悟は自分には足りない。知識も力量も、努力の量も足りないと思う。とはいえ、生きることそのものが覚悟の連続で、人前でしゃべる仕事を気づけば8年も続けているのだから、もうそろそろそこにも多少の自信や誇りを持ってもいいのではないかとは思っている。書くことは少なくなったけれど、日々、自分の言葉で勝負しているとは言えるのではないか、と。

 そんなふうに、書かなくなった自分を慰めるように綴ってみたとき、沈黙を続けていた自分自身の声が、どこからともなく響いてくる。「書くことは生きること」、心に刻んだ碑文に声が宿り、自分自身に問う。書かずに生きていて、本当にそれでいいの?とまっすぐに問いかける。その問いに対して、「仕事をして生きる自分だって、他でもない自分なのだ」という返答は意味をなさない。その答えに、それを言い放つ自分がいちばん納得できていないことを、言葉にする前からわかっているからだ。ならば、どうして書くのだろう? どうして書かなければならないのだろう? と考えたとき、浮かび上がる答えは明白で、どうということはない。「それが生きることだから」と聞こえてくるのだった。

 誰にともなく綴られる自分自身との対話が、こうして息を吹き返す。

読書遍歴③ 2007年

 これを読んでくださっている方々がどのような感想を持っておられるのかわからないけれど、取り上げた本を読んだ覚えがあったり、似たような思い入れがあったりしたときに、教えてもらえたらとても嬉しいです。

 

 ここからは大学以降の話で、片道2時間の通学時間を存分に使いながら読書に明け暮れた日々の記録となる。したがって、一度の記事に書けるのは1年分ではないかと思う。

 

■19歳 ~村上春樹再び、そして青山七恵池澤夏樹

 中学時代に読んだ『海辺のカフカ』、それを受けて読んでみて難しく感じた『風の歌を聴け』、『アフターダーク』、そして、当時はその良さをわからないまま終わってしまった『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を経て、ここから再び村上春樹の長編に挑むことになる。

 電車でまず1時間、そしてバスで約40分の道のりを退屈せずに過ごすため、没入できる村上春樹の作品はうってつけだった。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』、『ノルウェイの森』、『羊をめぐる冒険』を読んだのはこの時期だったと思う。特に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の世界観が好きだった。現実の世界とは別個に立ち上げられる世界に触れ、その秩序や文法に心を委ねる読書経験のなんと幸福だったことだろう(講義の合間にも読み進めた『1Q84』も思い出深い)。

 

 青山七恵さんは、高校時代に引き続き、芥川賞を受賞された作家を読む一環として手に取った。『ひとり日和』や『窓の灯』を初めとして、描かれる人間関係の絶妙さに唸る。過去に書いたこともあるけれど、「気まずさ」を描くのが本当に巧い。『ひとり日和』における知寿と吟子さんだったり、『かけら』の中での「わたし」と父だったり。年齢差だけではない噛み合わなさや、沈黙の続く空気の読み合いなど、人間関係における繊細な部分が丁寧に書かれている印象がある。最近の作品は追えていないが、この時期に読んでおいてよかったと思える作家の一人である。『魔法使いクラブ』もかなり面白かった。

 

 そして、春樹の次だからなどというわけではなく、これも芥川賞作家だからという理由で、池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』を手に取った。当時、『小説の一行目』という芥川賞直木賞の書き出しだけが一挙に掲載された本を持っていて、気になる書き出しを見つけては立ち読みをしていた覚えがある。それで言うと、絲山秋子さんの『沖で待つ』や『海の仙人』を読んだのもこの時期である。そんないくつもの書き出しの中にあって、『スティル・ライフ』の「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。」は強く印象に残ったのだった。文章の美しさ、発想の豊かさと描かれる作品の雰囲気に、長く浸っていたいと思った。

 そのころはまだ、池澤さんの父である福永武彦については全然知らず、しかも、『スティル・ライフ』の解説が、後に人生を揺さぶることになる須賀敦子であることを、気に留めることもなかった。とにかく池澤夏樹さんの作品を読みふけっていた。

 

 読書時間の増加が最たる理由ではあるけれど、この時期に出会った友人に薦められた本によって、読むことや書くことについて本当に大きな影響を受けた。番外編的に言えば、『葉桜の日』から鷺沢萠を読んだり、『ぼくは勉強ができない』から山田詠美を読んだりしたのもこの時期。この辺りから女性作家が増え始める気がする。

 

というわけで、本日はここまで。次回は『神様』が降臨します。

読書遍歴② 2004年~2006年

■16歳~18歳

 高校に入ると、ライトノベルは読まなくなっていた。ファンタジーを書くことに必要な知識量や発想力、キャラクターを生み出す創造力に、矛盾のない世界観を組み立てる難しさを、いざ自分が書こうとして思い知ったのだと思う。何よりも書くためには経験そのものが必要で、考え、感じたことを言葉にする訓練を、生活の中でずっと続けていかなければいけないと思ったのだった。

 

 高校1年の頃が、書くという意味ではスタートラインに立った時期だと言える。まともにオリジナルのもの書いて、まともに読めそうな手ごたえを一応初めて得られたのがこの頃だった。

 それは、本多孝好さんと、よしもとばななさんを読んだことが最も大きい。本多さんは『MISSING』、『ALONE TOGETHER』、『MOMENT』、『Fine Days』と当時刊行されていた4冊を読み、よしもとばななさんは『キッチン』を読んだ。きっかけは覚えていないのだけれど、『キッチン』が人々に与えた影響力の大きさを思った。決してそんなことはないのだが、「自分にも書けそう」と思わせる文体、そしてその平易でありながら核心を突く言葉の数々と、日常に存在する感情の拾い上げ方が、真似であれ何であれ、書くことに向き合いたいと思う自分を後押ししてくれた。そして、とにかく影響を受けるままに読んで書くことをしようとしていた自分にとって、本多孝好さんの作品は、物語としての巧みさに惹かれた。当時の文体は、この二人にずいぶん影響を受けていたと思う。(高1のときの読書感想文には『MOMENT』を選んだ。)

 本多孝好さんはミステリー作家として位置づけられてはいるけれど、ミステリーだと思って読んでいたわけではなかった。本格ミステリーと呼ばれるものに惹かれるのは、まだもっと先の話である。

 とはいえ、本多さんをきっかけに扉が開いたのは事実で、ブックオフでいろいろと立ち読みをするうち、恩田陸さんを読み始めることになる。1冊目はどういうわけか『ライオンハート』だった。そこから『麦の海に沈む果実』、『三月は深き紅の淵を』、『夜のピクニック』、『ネバーランド』、『光の帝国―常野物語―』、『MAZE』などを読み漁った。

 

 この頃、自分の書く作品には、日常を舞台にしながらも非現実的な要素を盛り込んだものをと意識していた。何がベタで、何が使い古されていて、何が新しいのかは、広く深く読み続けなければわからない。自分の作品についてそこまで深く客観視しないでいられたのは、たぶん高校生だったからだと思う。

 

 高2になって、伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』に出会ったことで、そこからとにかく伊坂さんばかり読んでいた。『重力ピエロ』の書評が新聞に載っていたのが、確か手に取るきっかけだったと記憶している。『ラッシュライフ』の手法に強く影響されて、複数の語り手を交差させる物語を4か月かけて書き上げた。240枚も書いたのは、後にも先にもあのときだけである。

 その一方、誰しもが高2で出会う「山月記」をきっかけに、中島敦を読み始めた。同時期に読んでいたものでいうと、宮部みゆきさんもこの頃だったような気がする。『ブレイブストーリー』や『火車』を読んだと思う。そして確か、小川洋子さんも高校の頃読んだ。『博士の愛した数式』をそのときは読んで、深く読み込んだのは大学に入ってからである。

 

 高3あたりから、少しずつ自分自身の書くものが変わってきて、非現実的な要素に頼らずに面白いものを書けることが、本当の技量だと思うようになる(そうとは言えないことは今ならもちろんわかっている)。純文学という言葉を意識するようになったのはこの頃で、芥川賞を受賞した作家の本を手に取ろうとし始める。伊藤たかみさんの『八月の路上に捨てる』を読んだり、川上弘美さんの『蛇を踏む』を読んだりした。そして、またしても誰しも出会う「檸檬」をきっかけに、梶井基次郎を読み込んだ。短篇の一つひとつに重みを感じた(つまりはこの重さなんだな)。

 

 高校時代はこんなふうに、とりあえず興味の向くまま、読んでは書くことを繰り返していた。芥川賞の作家をなんとなく手にとっては立ち読みしていたことが、大学に入ってからの読書遍歴に大きな影響を及ぼすことになる。

 

 ということで、前回よりも多くなってしまったが、何とか高校卒業までこぎつけた。無邪気に書くことができていた時期は尊い、などと思った。

読書遍歴① 2002年~2003年

 文章を書いて生きていきたいと初めて思ってから15年ほど経つ。書くことそのものが仕事にはなっていないものの、「書くために読もう」と思ってからのほうが、それまでの人生より長くなりつつある。読み続けること、書き続けることを辞めたら、自分が自分でなくなるような気がして、それは気づけば生きることの一部になっていた。

 

 そして、この場所に誰にともなく綴り続けてもう10年ほどになる。改めて、自分の読書遍歴と呼べるものを、そのおよそ15、6年分を、思い出せるかぎり綴ってみたいと思う。

 

■14歳~15歳

 小説を自分で書くことを始めたのはこの時期で、書くきっかけはゲームの二次創作をふざけて書いてみたところからだった。作品名まで明かせば、テイルズオブエターニア、ファンタジア、デスティニー2に触れ、そのノベライズ本を読んだことが、いろいろなことのきっかけになっている。

 ただ、それ以上に、同時期に村上春樹の『海辺のカフカ』を読んだ経験は、人生において非常に重要なものになったと思う。冒頭から引き込まれる物語の展開、カラスと呼ばれる少年に誘われるように、膨大な知識と折り重なる比喩の海に飛び込むことになった。「文章でここまでのことができるのか」と純粋にそう思ったのを覚えている。読み終えて他の作品を手に取るまでは少し期間が空くものの、忘れられることのない作品に出会えたのは間違いない。

 

 中3で転校することになって、転校した先で出会った友人と、本の話をするようになった。電撃文庫で『キノの旅』が流行り始めるとともに、片山恭一さんの『世界の中心で、愛をさけぶ』、市川拓司さんの『いま、会いにゆきます』がブームになっていた頃である。いずれも読んで、どちらかと言えば市川拓司さんの作品を複数読んでいた。

 ライトノベルだと『アリソン』や『リバーズ・エンド』、『ダブルブリッド』、『イリヤの空、UFOの夏』などが懐かしい。一方で、村上春樹の『風の歌を聴け』や『アフターダーク』、フランツ・カフカの『変身』などに手を出してみるものの、さすがに読みこなせるだけの知識はなかった。他にも、いわゆる文豪と呼ばれる作家の作品に手を出そうとしては放置するのを繰り返していたのもこの時期だった。

 

 自分自身で書こうとしていた物語も、二次創作ではなくオリジナルのものに変わっていたけれど、ライトノベルに影響されたファンタジーの真似事のようなものだった。その中にあって異色だったと言えるものとして、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んだのはこの頃だったと記憶している。窓から見える銀河、星々が間近にあるような感覚に酔い、多くの人々がそうであるように、その世界観に影響された。もちろん真似ができるようなものでもなく、質感や色彩を表現する描写をなんとなく雰囲気だけ参考にしてみるようなことにとどまった。とりあえず、この時期に書いた小説は、他人に読まれるわけにはいかないと思っている。

 同時期、綿矢りささんが『蹴りたい背中』、金原ひとみさんが『蛇にピアス』で芥川賞を受賞され、『蹴りたい背中』だけをそのときに読んだのを覚えている。たぶんそのくらいの時期から、ライトノベルから離れようと思い始めた気がする。

 

 と、気がつけば中2、中3だけでそれなりの分量になった。続きはまたいずれ。謎の連載が始まってしまった感がある。

引き伸ばし、歪んだ現実の向こうに見えるもの

柴崎友香 『パノララ』(講談社文庫)

 

※感想を書くにあたり、本文の核心に触れている部分があります。あらかじめご了承ください。

 

 緩やかなようで独特な、そして鮮烈な読後感を残す小説だった。

 主人公の「わたし」(田中真紀子)は東京で会社勤め(契約社員)をしている二十八歳で、知り合いのイチローに勧められ、更新料を払えなくなったマンションから、彼の家の一室を格安で間借りすることになる。イチローの家に住まうのは、小さな建築会社の社長をしている父の将春、その奥さんで女優のみすず、イチローの姉であるイラストレーターの文、イギリス留学から帰ってきた映画監督志望の妹の絵波という木村家の面々で、「私」を含めると六名となる。家は将春が建てたもので、コンクリートの箱を縦に積んだような形の居住空間(本館と呼ばれる)に、木造部分を建て増しされた異様なもの。「私」が住むことになるスペースは、他の家族の住む場所とは干渉し合わないようになっている。

 

 成り行きで始まる真紀子の居候?(家賃は格安)生活だったが、おのおのの事情を知るにつれ、作品は家族としてあること、個人としてそこにいることがどういうことなのか、そして、そこに居続けること、ひとと関わって暮らすことの本質を浮かび上がらせる。

 

 柴崎友香作品はずっと読み続けているけれど、何でもない日常を描きながら、その中に一瞬きらめくものを逃さず書き起こした『きょうのできごと』のような作品から、緩急の劇的な『寝ても覚めても』のような作品まで、問題意識としては共通する部分もありながら、その表現においては絶えず変化を続けていると思う。

 

『パノララ』は、真紀子の生活をなだらかに描く序盤こそ淡々としているように感じられるものの、それは彼女の意識がそこで出会う人々に向いているからで、それが自己に翻ったとき、彼女もまた彼らと同じように、自分を縛る見えないしがらみのような事情を抱えていることが、読み手に明かされる。個性的な人々との交流の中に、穏やかな日常が見えるのんびりとした作品、ではまったく終わらない。

 

 将春にリビングで奥さんの自慢話を聞かされたり、イチローとラーメンを食べにいったり、文の料理を手伝ったり、絵波の話に付き合ったりはするが、仮住まいのような状態なのだから、その暮らしはいつか終わるはずで、今は大丈夫でも、もし終わったらどうするかも考えておかなければならない。そういった、現実的な不安感が、読み手にはずっと影のようについて回る。

 

 真紀子は基本的に、自分の本音を言わない。面倒なことを避けるように当たり障りのない受け答えをしたり、流されるままにうなずいたりする。おいしいと言っていいのかよくわからないというような心情描写の直後に「おいしいですね」と言う。それは周りの人物の個性を際立たせる見え透いた意図ではなく、真紀子自身の抱える事情を反映した必然なのだと、後から明らかになる。娘を自分の思うままにしたい両親の束縛を振り切り、自分に好意を向けつつ暴力を自制できない元彼から逃げ出した真紀子にとって、木村家はかろうじてたどり着いた自分の居場所になりうる環境なのだった。

 

 木村家は木村家で、その事情はあまりに複雑である。普段どんな仕事をしているのかわからないが、ひたすら奥さんを愛する将春や、そんな将春の存在がありながら、ふらっと長期間家を出る妻のみすず。この二人の実の息子はイチローだけで、文はみすずさんの前の夫との娘、絵波は文やイチローが生まれてから、みすずさんが失踪して連れて帰ってきた娘である(母親がみすずさんであることしかわからない)。

 

 家族をつなぐ最も基本的で本質的なものは血のつながりだが、彼らにはそれが半分ずつしかない。けれど、それでもそこには、歪で独特ではあるが確かに、不思議な連帯感が存在する。奇妙な家の形はその象徴とも言えるだろう。血のつながりが半分ずつであっても、そんなことを当人たちは深く考えたり表に出したりせず、おのおのが自分の思うように生きているさまは、異性との交際を許さず、実家へ連れ戻そうとする真紀子の両親とは恐ろしいほど対照をなしている。唯一無二の父と母であり、自分が存在する原因となった人間であるということが、当たり前のことなのに真紀子にはあまりにも重い。

 

 これらの人間関係が物語を織り成す横糸だとすれば、それをつらぬく縦糸は、イチローの体験する「同じ一日が二度やってくる」現象をきっかけに、真紀子が考え始める時間への感覚であろう。みすずからもらったデジタルカメラで、木村家の面々をパノラマ撮影したとき、写っていなかったイチローの姿。二回目だからではないかと話すイチローに半信半疑になっていた真紀子だったが、その現象は物語の後半で、突如として真紀子自身に襲いかかる。

 

 同じ一日が繰り返される現象の中で、「わたし」の意識はそれを自覚しながら、その一日の中で取った行動や、それに付随する思いは何一つ変わらない。二度目である自覚と、その場で新たに思う後悔があれど、何をどうやっても、直後に起こる展開も、未来も変えることはできない。それが、家族が何とか一命を取り留める一日という形で、「わたし」にやってくる。しかもそれは、二度ならず、三度、四度と繰り返される。

 

 過去の出来事でありながら、それはつねに現在形で語られ、回想の形にならない。繰り返される現在は、真紀子にとっての時系列に沿って、執拗に繰り返されていく。同じ一日を繰り返す小説で思い浮かぶのは北村薫の『ターン』だが、柴崎友香作品においては、特異なことがいくら起ころうと、それは紛れもなく現実に根ざしたものとして、確かで異様なリアリティをもって語られる。

 

 さらに、無限にも思えるループの中で、現在と過去が混じり合い、自分のいた時間といなかった時間が溶け合う。あるはずのない現在と、ありえたかもしれない未来とが重なり合いながら、「わたし」の意識を混乱させていく。しかし、その円環をめぐる過程は、真紀子が自らの意志で自らの生き方を決めるための契機になる。煩わしいことから逃れ、自分を脅かすものに背を向け生きてきた真紀子が、その先で直面する空虚な「本当の自分の意志」を自覚し、自分は「本当は」何をしたいのか、どこにいたいのか、どうありたいのかを、自らの意志で語れるようになるための、一種のイニシエーションのようである。

 

 すべてが解決したわけではないにせよ、無数の葛藤を経て心から決意した真紀子の一歩と、それを確かな肯定をもって「おかえり!」と迎え入れる木村家とのやりとりを、胸のすく思いで読み通すことができた。素直に、自由に生きることの難しさと、自分の生を自分のものとして肯定的に受け入れる困難さを、この小説は浮き彫りにするけれど、血縁によらない共同体としての「家族」のあり方を示しながら、生きがたい現実を懸命に生きる人間そのものが、そこには確かに存在していると思った。不思議な家族関係の横糸と、繰り返される奇妙な時間感覚の縦糸は、現代を生きる人間の姿を立体的に浮かび上がらせている。

 

 と、なんとなく大筋に基づいて感想を書き綴ったものの、柴崎作品における白眉はその登場人物たちの個性を鮮やかに彩る細部である。無意識のこだわりが見える服装や、食パンをかじる部分に見られる些細な描写は、読んでいてたまらない。ただ、長くなってしまったので、『パノララ』に関してはこの辺りでとどめておきたい。素晴らしい小説だった。

デジタルで撮る人間の戯言

▼小説の没原稿


 立ち止まってカメラを構え、右目でファインダーを覗く。太陽の光は斜め後ろから差し込み、レンズの向いている先の紅葉に降り注いでいる。ピントリングを回す。ぼやけていた視界に、赤い葉の輪郭が浮かび上がってくる。もう少し、と思いながら親指を数ミリ動かし、葉脈が鮮明に浮き立ったところで、捉えている四隅に目を凝らす。しなやかな枝ぶりはその色、形ともに申し分なく、背景にあるのもまた、無数の紅。これでいい。両手をそのまま動かさず、丁寧に人差し指に力を込め、シャッターを切る。早朝の公園に小気味いいシャッター音が響き、その確かな振動が、右手を伝って身体全体をめぐる。


 カメラの背面モニターに、撮ったばかりの画像が映し出される。自分の見ていたものと、見ていたのに気づかなかったもの、そして、自分が見ようとすらしなかったものが、一つの答えとなってそこにあった。右下から伸びる幹の生命力が、樹皮に刻まれた陰影から伝わってくる。いくつも枝分かれしながら、太陽の光を求めて重ならないように茂る紅葉は、その色の絵の具に枝ごと浸して持ち上げたような瑞々しさを湛え、先端まで紅く染まっていた。それらは傾く日差しに照らされることで、少しずつ重なり合う部分にその光を満たしつつ、溢れんばかりの輝きを放っている。


 その克明さに思わず見入ってしまってから、けれどもそれが、目の前にある風景を写しとったものであることを思い出すようにして、もう一度肉眼で正面を見た。かすかに揺れる枝は、物言わずしてその存在をどこか誇っているようにも見える。写真に記録されたのは、静止した状態の枝ではなく、朝の空気の流れに揺られる枝の、呼吸であり運動である。芽を出してから枯れ果てて朽ちるまでの間にいくたびか訪れるその瞬間のうちの、わずかな一コマを、今自分は手中に収めた。そういうことになる。
カメラとレンズを通し、自然と対峙することは、光を介した自然との対話とも言えるが、傲慢にも自然から人間を切り離して向き合っているのだから、文明の生み出した産物を手にしながらも、われわれは決して謙虚さを失ってはいけない。
 と、主語が大きくなって思考の歯車が別の歯車を動かしかけたところで、もう一度撮影した画像を見た。よく撮れたとは思うものの、それは正解ではない。写真で得られるのは見ているものの解答ではなく、見られているものからの回答である。そんなふうに最近は思う。
 

 撮れば撮るほど、何かを考えてばかりいる。携帯電話やスマートフォンで済ませていたときは、そんなことは一切考えることなく、直感に反応する景色に何気なくレンズを向けていただけだ。ある意味ではその頃のほうが、純粋に自然と向き合っていたのかもしれないけれど、結局なぜ、自分がこうして写真を撮っているのかは、うまく言葉で説明ができないのだった。撮り続ければ何かがわかるのか、ますますわからなくなるのか判然としないけれど、今はこんなふうに、シャッターを切ることが楽しいという事実で事足りている。