2012-01-01から1年間の記事一覧

読書記録2012

読み終えた本が、自分自身をつくる。書き連ねられた文字を目で追い、紡がれた言葉を心に沁み込ませ、編み上げられた文章から浮かび上がる自分だけの特別な意味を噛みしめる。2012年は、そんな読書の悦びを、深く深く味わうことのできた一年だった。 本を通じ…

舞い上がり、飛翔する言の葉

小説になしうることは何か。文章でできることは何か。言葉で組み上げられる芸術とは何か。そんなふうに小説の持つ役割や可能性を考えたとき、思い浮かんでくるいくつもの雲のような想像を吹き飛ばし、常識を転覆させ、波間に漂う心にうつくしい虚構の伽藍を…

うわごと

とりとめもないことのいくつか。 一つめ。長時間の仕事による寝不足と疲労が原因で起こる機嫌の悪さを解消する術が、睡眠以外に見つけられないものか。納得のいかないこと、思い通りにならないことへの許容レベルが低くなりすぎて嫌になる。それを許せなくて…

夏のしめくくりに

去年より頑張った、と自信を持って言える8月でした。

まっすぐな軌道を描きながら

見える景色が違う、と以前ここに書いた。目の前のことと対峙するだけで何もできなかった一年前と比べて、そのあまりの違いに自分でも改めて驚く。責任の重さに押し潰されそうになっていたのはもはや遠い昔のことのように思え、その重さは何も変わっていない…

魂の肖像

大学時代に意を決して読もうと試みたものの、通読どころか、第一章を読み終えることすらままならなかった一冊がある。敬愛する作家が尊ぶ一冊であるというのに、書物はお前にはまだ早いといわんばかりに拒んでいるようで、ページをめくる手を重くさせ、結局…

過程

気持ちが緩んだとき、同時に緩んで出てしまう言葉が許されないものになりうる怖さ。ため息さえ見せるなと言われているようで、言葉を書き連ねることの一切を禁じられている心地すら覚えて、怯えてしまう。 深い意味がなかったわけでもないけれど、伝わるだろ…

解放

どこか遠くへ解き放ちたいわだかまりについて少し。 記憶の片隅に、かつて適切なタイミングで外に出すことのできなかった思いがある。むしろ片隅に追いやったのは長い目で見ればここ最近のことで、意外に根強く自分の中に残り続けていた心情なのかもしれず、…

雑文

追うか追われるかならば、間違いなく追う側なのだが、人間関係を構築していく過程の中で、互いの認識レベルで親しさを確認するのはすごく難しい。 親しくなりたいという思いが空回りしたことはかつて幾度となくあって、そのたびに陥った自己嫌悪を、振り払っ…

響く救難信号

寄り添う不安にまみれた下書きを消し去って、真っ白な紙の上に健やかな筆跡でこれからを綴ろう。そんなふうに思いながら、過ぎていった日々をしたためる。 確かな文体とは一体どういうものなのだろう、と何気なく考える。本が読めない代わりに、心の隙間を埋…

断ち切りたい

ふとしたきっかけがあって、かつて自分が書いたものを読み返しながらものを考えていると、懐かしさという言葉だけでは片づけられない思いがこみ上げてきて、少し困る。 過去を肯定して生きていたいから、何もかもが今の自分につながっていることに自信を持と…

現状を見つめて

年齢を重ねることが、確かな自信になればいい。そんなふうに思う。昨年の今ごろは、先輩に食事をおごってもらって、祝福していただいた。右も左もまだよくわからない状況で、働けることそのものを、とりあえずは喜んでいた気がする。 一年が経って、少し余裕…

「事実」が語る衝撃

衝撃的な作品との出会いが、読み手に文章を書かせる。単なる感想にとどまらず、一つの書評となるように、そして、記録に残して記憶を刻み込むために、一冊の本について記しておきたい。 アゴタ・クリストフ[著] 堀茂樹[訳]『悪童日記』(ハヤカワepi文庫) …

おくりもの

今春の異動が決まり、現在の職場を離れる先輩へ、お世話になったので何か贈りものをと買い物に出かけていた。人に何かものを贈った経験が乏しいうえ、気に入ってもらえなかったら、と優柔不断で臆病な自分の一面に縛られ、ずいぶん悩んだ。 バレンタインのお…

移ろう雑感その他

切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために 立ち止まって考えたいとき、よく笹井宏之の短歌をひもとく。今というこの瞬間に一抹の不安を抱え、一寸先の未来に疑いのまなざしを向けたくなったとき、永遠を内包する刹那的な言葉で、雨…

光陰

忙しさというものが、心にも身体にも、慣れという形をとってしみ込んできたような気がしている。この疲労感ならまだ問題はない、これは少し危うい、など、自分の体調の機微を判断できるようになった。当然のことだと言えばそれまでだが、疲れ切るまで仕事を…

閲覧

少年は本棚から一冊ずつ、言葉の断片を取り出し、読もうとしていた。 読めなくてもいいから、見せてほしいんです。 そう頼み込んできた少年の言葉に、彼は従った。もともと何かを手伝えるわけではなかったけれど、少年は、手伝ってほしいとも言わなかった。 …

停滞

書くことをやめる瞬間が、彼らの世界が閉ざされる瞬間で、言葉に詰まったときが、息の根を止めてしまうときを意味する。書かれた存在である彼らが意思を持ち、こちらに語りかけてくるのを待つように、ただ原稿用紙を前にじっとしている。 雨の中の停滞はまだ…

波紋

雨が弱まっているのを、彼女は確かに感じ取っていた。海面を打つ雨の無数の波紋の、輪郭の一つひとつが見て取れる。ただ、それは降り注ぐ言葉の音が、騒音としてではなく、明瞭な声になって届き始める兆しでもあった。 誰のものかもわからない言葉の中に、彼…

本棚

言葉にならなかった言葉が文字として残るこの場所に、文字を読めない少年が来たところで何になるのか。彼の疑問を感じ取ったように、少年は言う。 「多分、ここに、僕が失くした言葉があるような気がして」 部屋の壁をぐるりと覆う本棚に、ぎっしりと詰め込…

深海

彼は少年を招き入れた。テーブルに向かい合わせに座り、改めて彼は少年の瞳を直視した。深い海の底のように、見えている世界を包み込んでいた。彼自身の姿が、その中を泳いでいた。 声を出せない彼に、少年はそれほど驚いた様子はなかった。切実に何かを求め…

来訪

破り捨てられた手紙のかけらを拾って、もとのかたちにつなぎ合わせていくように、言葉は慎重に選ばれ、文字になっていく。 そのとき、扉を叩く音がして、彼は立ち上がった。 扉を開けるとそこに、一人の少年が立っている。少年は言った。 「言葉を、いただけ…

雨音

いつまでそうしているつもりなのだろう。 その問いが一体誰に向けて発せられているものなのか、自分でもわからない。彼女を見ていることが、彼にはつらかった。止まない雨に向かって祈ることが何になるのか、彼はその問いを圧殺するかのように、唇をかみしめ…

雲間

雲間から、微かな光が漏れた。 一体誰がそのまばゆさを気に留めただろう。あまりにそれは儚くて、見間違いだとか、幻だとかいう一言で済ませるのもたやすいほどだった。 光という言葉が一筋、彼女の涙になってこぼれた。

窓際

窓ガラスを叩く雨が、強くなったような気がした。 けれど、晴れていようが雨が降っていようが、言葉を紡ぎ続けるのは変わらない。それが生きるということだと思っている。 伝えたいから書いている。それは間違っていない。 ただ、伝わったところで何になるの…

下流

構想は膨らみ続けるけれど、しかしいっこうに、その世界が現実なのかそうでないのかがわからなかった。確かなつながりを現実とは保っているものの、考えれば考えるほど、そこが閉ざされた空間に思えてならなかった。 司書である彼も、言葉を飲み込んだ別の彼…

河口

海に降る雨が止むのを待っていた彼女は、ゆっくりと傘を閉じた。雨が止んだからではない。降り続く言葉の雨をじかに浴びることが、罪を受けとめることであり、受けとめた罪を洗い流すことになると彼女は知っていたからだった。 雨音のない河口に、灰色の世界…

上流

誰かに何かを伝えたいというのはきっとものすごく傲慢な思いで、その思いが強ければ強いときほど、伝えられる側のことは何も考えられていない。 彼はそう思って、そして、そう自分に言い聞かせて、書いた言葉をすべて消した。何が書かれていたのかわからない…

岸辺

書かれたものが、書かれたものとしての存在を確立するまでの過程で、消えていったいくつもの言葉たちがある。そんな、意味をなさない言葉の断片が流れ着く場所で、それらが別の言葉に生まれ変わるのを見守っている、孤独な守り人の物語を構想していた。 遠く…

無題

伝えたいことを伝えるために、生きているということを伝えたい。 言葉だけではきっと伝わらないことを知りながら。