知的教養と論理の迷宮 有栖川有栖作品について

 一般にミステリと呼ばれる作品を読み始めたのは、読書遍歴の記事にも書いたように、高校時代の宮部みゆき本多孝好伊坂幸太郎(伊坂さんについてはミステリというより「伊坂幸太郎」というジャンルだともいえる)がそのきっかけになる。ただ、いわゆる本格ミステリ、あるいは推理小説と呼ばれるものはしっかりと読んでこなかった。

 それは何より、自分が書きたいものを読むということを心がけてきたことと、身近にミステリ愛読者かつ書き手の友人がおり、構造的な読みではかなわないと思ってきたことに起因している。とはいえ、表現の意図や小説としての試みを能動的に探ったり、比喩や行間を読み味わったりするような読みが求められる純文学の小説とは異なり、ある程度その展開に身を任せられるミステリは、体調の好悪にかかわらず読みやすく、仕事での心身疲労を抱えていても通読できるため、ここ数年は読む比率が大きくなってきた。

 

 2017年以降の読書遍歴を先に書いてしまうことになるが、滞り気味な読書を何とか活性化するため、十二国記を読み始めたのはこの年である。2016年、『黒祠の島』と『屍鬼』を読んで小野不由美さんの小説に触れ、どうも自分が「クローズドサークル」や「孤島もの」が好きらしいことに気づき、2018年1月に、有栖川有栖さんの『乱鴉の島』を手に取った。図らずもこれが最初に読んだ有栖川有栖作品であり、火村英生シリーズだった。わりとイレギュラーな入口かもしれないとは思うが、新潮文庫から作品が出ていてよかったと思う。その流れで孤島が舞台のミステリを探し、横溝正史の『獄門島』を読んだりもした。

 

 伊坂幸太郎作品の影響か、ミステリは長ければ長いほど面白いと思っていて、そこからは火村英生シリーズの長編を中心に読み進めていくことになる。(※途中、探偵ソラシリーズの『論理爆弾』を読み(第三作なのにここから入った)、続きが気になっている)

 読んだ順番としては、『海のある奈良に死す』(これは上記の友人が昔薦めてくれていた本)、『鍵の掛かった男』、『朱色の研究』が2018年である。『海のある奈良に死す』は福井県を舞台にしており、東尋坊に行きたくなった。『鍵の掛かった男』は大阪の中之島を舞台にしており、親近感と読み応えが抜群だった。『朱色の研究』は和歌山の海の向こうに沈む夕陽の印象が色濃く、作中に出てきた井上靖の作品のインパクトが強い。

 

 とにかく、火村英生という男に惹かれる。冷徹さすらある洞察力で犯人を追い詰める反面、アパートのおばあちゃんを大切にする人間味と、明らかにされていない過去――それらの魅力を、作中の作家有栖川有栖が引き立てる。この二人のバランスが読み手を飽きさせず、彼らの知識と教養が作品の随所に織り込まれているため、読んでいて作者の有栖川有栖氏の知識量に脱帽する。

 

 2019年になってからは、『46番目の密室』、『マレー鉄道の謎』、『スウェーデン館の謎』、『妃は船を沈める』、『ダリの繭』、『狩人の悪夢』を読んだほか、『孤島パズル』を入口に、江神シリーズも読み始めた。『孤島パズル』ももちろんだが、『双頭の悪魔』と『女王国の城』がとにかく面白かった。寝不足で仕事に支障をきたしそうなほど読んでいた。江神シリーズはややストーリー重視なのかもしれないが、畳みかける展開と、個性に満ちた推理研究会の面々が良い。

 

 今後はこれらのシリーズではない『幽霊刑事』や、大阪を舞台にした短篇集などにも手を伸ばしたいのだが、有栖川有栖氏と同じく新本格派と呼ばれる綾辻行人作品と、伊坂幸太郎氏が絶賛していた島田荘司作品を今年から読み始めてしまったので、手元にある『月光ゲーム』を読んだらしばらくは有栖川作品から遠ざかってしまうかもしれない。けれど、こうしてまとまった文章にすると、ずいぶん多く読んできたことがよくわかる。個人的な読書遍歴において、有栖川有栖氏が大きな位置を占めていることに疑いの余地はないだろう。どうしても作品の核心に触れた記述ができないので、踏み込んだことは書けないけれど、読んだ人とはいろいろな話ができそうな気がする。

 

 ここに書くのは、本の話をしたい欲求があるからなのだけれど、こんなふうに書いてみて、改めて、勢い余ってこれだけの量を一方的にしゃべってしまいかねない自分に気がついた。自分が語るのも楽しいけれど、楽しそうに語る人の話を聴くのもまた楽しいはずで、こうして書いて残しておくことで、この文章が何かのきっかけになればと思っている。