宵闇を彩る恐ろしさの絵筆

 日が傾いて、薄暗くなってくる時間に、それでもまだ遊んでいたくて、なかなか帰ろうとしなかったことがある。公園を出て、いざ帰ろうとするころにはすっかり夜に包まれてしまい、無事に帰れるように自転車をこぐ足にも力が入った。
 夜道を帰ることなど、大人になれば普通のことで、今となっては恐怖を感じることもないけれど、子どものころは、見慣れた景色が闇に包まれてしまえばもう別世界で、何かにおびえるように、夜が運んでくる怖さから逃げていた。
 何がそれほど怖かったのだろう、と考えながら、その恐怖について思い返すきっかけをくれたのが、一冊の本だった。


 東雅夫編 『文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船』(ちくま文庫


 児童文学者としても知られる明治の作家、小川未明の短篇が収められたこの本は、北国に生まれた彼の想像が織り成す、恐ろしくも美しい世界に読者をいざなう。色彩的な表現が多用され、視覚を揺さぶる鮮烈な言葉に、気がつけば底知れない幻想の中にいる。


 小川未明といえば、「赤い蝋燭と人魚」が有名で、今回初めて手に取る前にも、この作品名だけは知っていた。こちらもこの本には収められている。寓話的な表現でわかりやすい物語ゆえに、広く受け入れられるのもうなずけたのだが、小川未明の真骨頂は、仄暗い幻想や怪異の世界であることが、読み通すとよくわかる。


 避けられない死の気配が寄り添う夜の闇。その漆黒のキャンバスに、未明の筆が不気味な彩りを与えていく。少しページをめくれば、頻繁に表れる色彩の描写が、その恐怖を芸術的なものにまで高めているような気がした。


 闇の中に浮かぶ白い腕、女性が手を伸ばしただけの、なんでもない現象のはずが、たとえばこう書くとどことなく怪しさを帯びる。随所に見られるその色彩に、不穏な思いに駆られながら読み進めつつも、その心のざわつきが、ページをめくる指をとめることはなく、むしろ惹きつけられるようなのだった。


 もしかしたら、無事に帰れないかもしれない。子どものころ感じたそのうっすらとした恐怖に再び向き合い考えてみる。じゃあ、帰れなかったらどうなるのだろう。
 たぶん、その答えがこの本にあるような気がする。