最も明るい四等星に向かって

 何かを失うことでひとが前に進めるのだとしたら、自分が失うものは何だろう。鏡の向こうを眺めて、そこにある別の世界のことを思う。何かを大切にするために、捨ててしまわなくてはならないものが、悲しいけれど現実にはあるのかもしれず、そんなもののことを考えていた。


 河野裕 『いなくなれ、群青』(新潮文庫nex


 絶海の孤島に浮かぶ、地図にない離島「階段島」は、「捨てられた」人たちが暮らす島である。ある日突然人々はそこに連れてこられ、自分の失くしたものを見つけないかぎり、島からは出られない。ただ、そこでの平穏な暮らしは保障され、日常生活を営むことは、不自由なくできる。
 物語は、悲観主義な主人公の「僕(七草)」が、どこまでも理想主義の少女「真辺由宇」と再会することで幕を開ける。理想に向かって突き進む彼女に振り回されながら、彼らは少しずつ、階段島の秘密に迫っていく。
 

 ミステリーとして読む面白さだけがそこにあるのではなく、読み手を自身の内面と向き合わせる仕掛けが文章に織り込まれている。天を覆う星空の群青と、銀河で最も明るいピストルスターの描写が美しい。すべての謎が明らかになるわけではないから、次巻を読む楽しみも残る。


 現実との折り合いをつけること、融通の利かない自分自身と向き合うこと、素直にいたいのにそうはできない葛藤に揺れること、複雑な思いが巻き起こすその渦に、飲み込まれることしかできない。そんなもどかしさを抱えて、それでもそこに何らかの答えを見出そうとすることが、生きていくということなのだろう。
 すべてがうまくいくことは奇跡みたいなもので、けれどだからこそ、気持ちが通じたり、お互いがきちんと噛み合ったりすることは尊く、いとおしく思える。


 このままではいけない。そう思って、前に進もうと自分が決意したとき、もしかしたらそんな自分の欠片は、あちら側にたどり着いているのかもしれない。現実を生きている自分が、彼に向かって今の自分を誇れるように、前に進まなくてはいけないと思った。