さえずりにじっと耳を澄ませて

 行間から聴こえてくる優しいさえずりに、耳を傾ける。澄みきった青空に響くメジロの高い歌声が、心を洗う。


 小川洋子[著]『ことり』(朝日新聞出版)


 昨日、京都と大阪を往復する間、ずっと読んでいた一冊。
“小鳥の小父さん”と呼ばれる男性が、ある日静かに息を引き取る場面から、物語は始まる。ひっそりと亡くなった彼が、どのようにして、小鳥の小父さんと呼ばれるにいたったのか。先入観のないまま出会った死をささやくような文章で振り返っていく。


 物語の終焉を先に見せておく形は、『人質の朗読会』でも用いられていた。ポール・オースターの『最後の物たちの国で』と同じ手法である。終わりがわかっているゆえに、文章から浮かび上がる生命の残響がいとおしく、心を打つ。


 幼稚園の鳥小屋を管理する小鳥の小父さんには、鳥を愛する兄がいた。兄はあるとき人間と会話ができなくなり、鳥たちの言葉“ポーポー語”を話すようになる。それを理解できる唯一の人物が、小鳥の小父さんだった。
 小鳥たちの世話に尽くす兄と、兄を支える弟。ゲストハウスの管理人をしながら、人との関わりは最小限におさえて、小父さんは生活している。
 素敵だと感じるのは、彼らは小鳥を決して愛でるわけではないというところである。溺愛という言葉はそぐわない。ただ純粋に、ひたむきに生きる小鳥たちの生命を尊重し、彼らのためにできることを精一杯行っているだけだ。さえずりや羽ばたきを尊び、一緒に生きていく喜びが、そこには満ちている。
 もともと鳥に興味がなかった小父さんにも、兄を支える生活を送るうち、鳥たちへの愛情が芽生えていく。兄が亡くなると、小父さんは兄と同じように、ともに生きる喜びを感じるような接し方で、小鳥たちの面倒を見る。


 繊細なガラス細工のように、少し強く触れれば壊れてしまいそうな幸せがそこにあり、ページをめくる手が、小鳥を慈しむような思いをともなっていることに気付く。
 平穏に生きていたい小父さんの生活は、些末なできごとの連鎖によって生まれた波紋で、大きく揺れ動く。結末が見えてくるにつれて、冒頭で読んでイメージに残っている光景が、切なさをもって立ち現われてくる。


 誰にも気付かれないような世界の片隅で、静かに歌う小鳥たちとともにひっそりと生きた彼らの物語に、じっと耳を澄ませた時間は、喧噪のなかにあっても、美しい時間になった。


 静かな世界を愛するひとに、ぜひ薦めたい一冊。