深海

 彼は少年を招き入れた。テーブルに向かい合わせに座り、改めて彼は少年の瞳を直視した。深い海の底のように、見えている世界を包み込んでいた。彼自身の姿が、その中を泳いでいた。


 声を出せない彼に、少年はそれほど驚いた様子はなかった。切実に何かを求め、ここにやってきたのだとわかった。彼はノートを広げ、ペンを走らせた。声を持たない以上、そうするほかない。


 ――どうしてここへ?


 そう記して、少年を見る。すると、少年は申し訳なさそうに首を振った。
「僕、文字が読めないんだ」
 彼は目を見開いて、少年の瞳を覗き込んだ。そこには一点の曇りもない。
 だからなのだろうか。声を持たない彼に大して驚かなかった理由が、なんとなくわかったような気がした。