本棚

 言葉にならなかった言葉が文字として残るこの場所に、文字を読めない少年が来たところで何になるのか。彼の疑問を感じ取ったように、少年は言う。


「多分、ここに、僕が失くした言葉があるような気がして」


 部屋の壁をぐるりと覆う本棚に、ぎっしりと詰め込まれた言葉の断片を見渡して、少年は悲しげな目を彼に向ける。なんとなくではあるけれど、直感的にわかった。
 少年は、彼自身とそう変わらない。文字を読む力を失ったとき、書かれた言葉に残した思いもまた、失ってしまったのかもしれない。


 彼はゆっくりとうなずいた。
「ありがとう」と少年はこたえた。
 どういうわけがその声が、遠い記憶の彼方に微かに残る、自分の声に似ているような気がした。