断ち切りたい

 ふとしたきっかけがあって、かつて自分が書いたものを読み返しながらものを考えていると、懐かしさという言葉だけでは片づけられない思いがこみ上げてきて、少し困る。


 過去を肯定して生きていたいから、何もかもが今の自分につながっていることに自信を持とうとつねに思っている。そして、仕事を通して、これまでとは違った自分へと成長できていることを、日々実感もしている。自分のことだけを考える人間ではなくなったし、緊張で押しつぶされるような情けない部分は薄れてきている。
 けれど、それでも弱い部分はまだはっきりと、変わらない自分としてそこにある。過去に書いた文章で呼び起こされる、抑えきれない感情。後悔にも似ているけれど、どうしようもないもの。
 何度か繰り返している過ちを、また繰り返してしまいそうで怖い。そんな自分が嫌だからと、変えてやりたい部分はまだ、根強く残っていることを思う。


 立ち向かうしかない。
 すでに、変わらないと思っていた部分が変わってきている。かつてそうであったようなことが似たような状況下でもう一度起こるなどと、誰に断言できるだろう。


 思った通りにしか、人は生きられない。
 また失敗したらと考えれば考えるほど、失敗のイメージは膨らんで、その通りの未来がやってくる。リスクを想定することは大切ではあるが、そうではなくて、こうありたい未来像を、強く強く思い描き続けることが、何より大切なのだと、働いていてわかった。


 久しく会う人が、驚くようなひとに。
 これから会う人が、素敵だと感じるようなひとに。


 未来の自分への期待感が、毎日を楽しくする。
 「自分のための読書」から「自分のためだけでなく、いつか、誰かのためになる読書」へと、意識が変わったのは一つの例だと思う。


 自分の言葉で、自分の存在で、一人でも多くの人を幸せにする。
 それは願いではなく、決意である。