岸辺

 書かれたものが、書かれたものとしての存在を確立するまでの過程で、消えていったいくつもの言葉たちがある。そんな、意味をなさない言葉の断片が流れ着く場所で、それらが別の言葉に生まれ変わるのを見守っている、孤独な守り人の物語を構想していた。


 遠くで降る雨を眺めるように、降り注ぐ言葉を岸辺から見据えている。静かに流れ着いた二文字を両手ですくって、彼は一つため息をつく。
 届けたい、伝えたい思いを言葉にしかけたけれどできず、躊躇し、あきらめた跡があった。その二文字では足りないくらいの思いがそこにはあったのかもしれず、彼はただそれを見つめ、しばらくしてもう一度流れの中に返した。
 想像するよりほかない言葉の向こう側の気持ちは当然、決してこの場所ではわかりえないことだ。祈るようにただ、彼は言葉たちを見つめる。
 そして、できうるかぎり、その断片を真っ白なノートに書き留める。
 彼は、届かなかった言葉の図書館の、たった一人の司書でもあった。