友情は続く

 せっかく仲良くなったのに、すぐに簡単には会えない距離に遠ざかってしまったときのような、気持ちの波紋が、読後の余韻としてしっくりくるのではないだろうか。ぬくもった心に突然吹き込む、ほんの少し冷たい一陣の風は、駆け抜けたあとに切なさといとおしさの混じった思いを残していく。


 山崎ナオコーラ[著] 『カツラ美容室別室』(河出文庫


 150ページほどの、短い作品である。でも、文章が長いとか短いとかいうことは関係なくて、そこにはちゃんと血の通った人間がいた。仕事の都合で引っ越した27歳の「オレ」、佐藤淳之介が、小卒でアルバイトをしながら生きている年上の友人梅田さん(男)にカツラ美容室別室という美容室を勧められ、そこでカツラをかぶっているまじめな美容師カツラさんと、自分と同い年の美容師であるエリ、そして年下の桃井さんと出会い、仲良くなって車で出かけたり花見をしたりする話である。一人ひとりの些細な動きをないがしろにすることなく捉え、読者に見せてくれるからなのか、彼らの人となりがじわじわと理解できるにつれて、愛着が湧いてくる。
 主に「オレ」とエリの関係を中心に物語は進むのだけれど、お互い徐々に仲が深まっていくようでありながら、それは恋愛の入り口付近を何度となく通り過ぎつつ、取り立てて劇的なことが起こるでもなく、気がつけば友情と呼んでしまえるような仲で落ち着こうとする。


 他人との関係を、「友達」や「親友」、「知人」、「恋人」といった言葉で私たちはくくって生きているけれど、どの関係性を取ってみても、そこに介在する互いの感情の重みにはそれぞれ差があって、それは単純な二文字の言葉に落とし込めるようなものではない。ひとと関わるとき、自分にとって相手は何なのか、そして相手にとって自分は何なのか、人間は、一見わかりやすい言葉で定義することで、かりそめの安心感のうえで生きている。本当は少しも単純ではない関係がどこにだってあるけれど、それを考え始めると、相手のことも、自分のこともわからなくなるからなのかもしれない。
 でも、わからなくて当たり前なのである。言葉にできない関係のうえで、私たちはつながりを保とうと懸命に、知らず知らず言葉を選びながら生きている。


 この小説に出てくるひとたちがいとおしく感じられるのは、彼らがその些細な関係の移ろいを敏感に感じ取りながら、理解できないときは首をかしげ、通じ合えたときはきらめくような喜びを実感する、そんな瞬間に立ち会っているからだと思う。
 またどこかで彼らに会えたらなどと思いつつ、読み終えるのが、そしてゆっくりと忘れていってしまうのが、名残惜しくなった物語だった。