玉座降臨

 読書は続けているものの、発信が下手になってしまったような気がしてときどき怯える(何に? とは思うが「怯える」が一番ふさわしい気がする)。「書く」ということ以上に、仕事における表現のほうに力を注いでいる結果なのだとは思うけれど、書き言葉が鈍るのはどうにも呼吸がしにくいような感覚で、精神的な息苦しさみたいなものがある。
 何かを読了したわけではなく、日記としての体裁を保つために、椅子を買ったことをここに書き記しておく。
 
 10年ほど前、一人暮らしを始める際に買って、デザインは良いのに思いのほか長時間の座り心地が良くなくて風景と化してしまった椅子(オフィスチェア)が、気づけば表面の革がぼろぼろになっていたので処分することにした。
 
 きちんと下調べする術を持たなかった当時の自分に文句を言うつもりはないが、同じような失敗はしたくないし、買い替えるならいっそ、その死んでいる空間を作業スペースに昇華させたいと決意して、粗大ごみ回収の申し込みを皮切りに、物置となりつつあったデスクの整理・掃除を開始した。新しい椅子はオフィスチェアではなくゲーミングチェアに決めていて、どれがいいのか、価格帯による違いはどういうものか、など、細かな情報を集め始める。高い買い物をするとき、納得のいくものを購入するために、その商品を取り巻くレビューやブランドとしての特徴やスペックの差など、ずいぶん詳しくなるまで調べるようになったのはいつからだろう。今回も、ゲーミングチェアの主要ブランドであるAKRacingとGTRacingとDXRacerについて異様に知識がついてしまった(というか三つともデザインが似すぎている)。
 
 一つだけ心配だったのは、今回不要不急の外出をしたくなくて、実店舗に行って座ってみるということをせずに購入に踏み切った点だった。取り扱う店舗が思いのほか少なく、かつそれほど近くなかったのでどうしようもなかったのだけれど、結構勇気が必要だったなと思う。スペックの違いを確認しては座面の高さや脚の幅などを部屋のデスク回りと照らし合わせ、問題がないか検討した。
 
 結果として購入したのはAKRacing Pro-X V2 white。夏の賞与をまともに使っていなかったので、ここぞとばかりに思い切った。結果としては申し分のない座り心地で、想像とそれほど差異はなく、永遠に座っていられる気がしている。
 
 振り返ってみれば、きちんとデスクで作業ができる環境というのは長らく欲しくて、今回のゲーミングチェア購入を後押しすることになった複数の要因もあった。昨年の自粛生活をきっかけに、有線だったLANを無線に換えたり、音質の良いイヤホンを買ったりしたことや、気軽にカフェで長時間読書しようと思えなくなったことが挙げられる。巣ごもり需要という言葉も出てきているように、自宅の環境を変えることに投資する流れに自分も乗ったようなものなのだと思う。
 
 実家でくつろいでいるときはずっと座椅子が好きだったのだけれど、腰を痛める可能性があると聞いた。座布団を敷いていても長時間何かをするには限界があるし、うっかり寝転んでしまうとそのままだらだら時間が過ぎていくので、きちんと生活にメリハリをつけるためにも、このたびのゲーミングチェアの購入を一つのきっかけにしたいと思っている。
 
 と、椅子のことだけでなぜこんなにも書いてしまっているのかわからないけれど、それだけ私的なアウトプットが足りていないのだろうと思った。雑感をしゃべる場所と相手の不在は本当に深刻である。
 ここから現在読んでいる本のことを語ろうかと思ったものの、すでに十分な長さなので、椅子の話で記事を終えたい。少しだけ触れておくならば、石川淳の『至福千年』(岩波文庫)を読み始めている。文章の呼吸に向き合うのに心身の余裕が必要な本なので、面白いのだけれどなかなか進まない。読了はまだ先になりそうです。