涓滴

 滴るしずくが石を穿つように、日々の全力が、わずかな一滴となって落ち続け、3年が経っていた。向こう側を見通せるほどの穴が開くまでは、まだまだ到底及ばないけれど、ささやかな窪みができている。窪みは着実に、水を蓄えられる大きさになっていく。意味なく零れ落ちてしまう一滴は、ずいぶん減った。
 自分が生きることが、何につながるのかわからないような、漠然とした不安を抱えていたこともあったけれど、今はそれが一切なくて、自分がここにいることで、誰かの人生の一部分を、少しでも何かよりよい方向に、確かに変えうるのだと、その事実に誇りを持って仕事をしている。


 少しくらい胸を張ってもいいのではないか、と最近は思うようになった。運と縁ゆえにここまできたと思ってはいるけれど、短い人生の、それなりに大きな部分をかけて磨いてきた言葉によって、切り拓いてきた道の上にいることは、疑いえない事実である。
 自分の座っている椅子は、社内に一つしかない。同じポジションの人間はいない。辞めたところで代わりはきっといるのだろうけれど、それでもほかの誰にも真似できないことをしてやろうと思ってあれこれ試行錯誤している。


 雲間から差し込む太陽の光に、雨粒がきらめく。まっすぐに滴り落ちて、窪みに溜まった水面に静かな波紋を立てる。石が砕かれ岩壁が崩れ、地形が変わり気候に影響が及ぶように、少しずつでも世界は変えられる。そんな大それた幻想が、明日に滴るしずくを生み出していく。