ピザでもカレーでもなく
初対面の相手にも臆面なく自分の書いているものを薦めることが増えてきたことを思い、ここにも書いたことがあるように、もはや小説なしで自分を語ることができないほどになってしまったことを、ふと憂えてしまった。
元気になったので、空き時間に自分の過去を掘り下げる作業を再開し、いろいろと考えをめぐらせてみる。
で、いくら小説を書いてきたとはいえ、この先小説を抜きにした人格で勝負しなければならない場面も増えてくるんじゃないか、と思う。もし今の自分から小説を切り離した場合、それでも一人の人間として生きられるほどの厚みが自分にあるのか、あくまで仮定の話だけれど、考えずにいられなかった。
なんとなくそう思っていることを友人に話してみたら、
――でも、ちゃんとした中身がないと小説って書けないと思う。
と、さらっと返されてびっくりしてしまった。
考えてみれば当たり前のことではあるけれど、自分で自分にこれを言い聞かせても、ただの消極的な前向きさに過ぎないと思う。
落ち込んでるわけにもいかないからといって、自分でそう思うことにして頑張るのと、それを誰かに言われるのとでは、それこそ雲と泥ぐらいの差がある気がする。
ひとから言われたことを大々的にここに書くのは少し抵抗があるのだけれど、ものすごく大切な言葉をもらったような気がして、ほかに特に書こうと思うこともないので、つづってみることにした。
外側あるいは表面と、中身とについて考えていたら、どういうわけか肉まんが食べたくなった。
ですます調で書かなかったのは、単なる照れ隠しです。