鉛筆の形を思い浮かべて

 好きなものについては、きちんと語る言葉を持ちたいと思っている。どうしてそれが好きなのか、何がそんなに良いのかを、他者に伝えられるようにしたい。それは単にさみしさを原動力とした欲求なのかもしれないけれど、好きなものの魅力を語って共感を得られたときというのは、それが人であれ物であれ、何とも言えない歓びになる。本当に好きなものには理由などないとか、理屈抜きに好きだとか、そんなふうに思ってこそ本物なのかもしれないけれど、個人的にはその言葉にならなさから逃げずに、感情を乗せながら言葉にしようともがく試みを大切にしたいと考えている。
 
 
 筆記具の沼に落ち、ボールペンの沼に沈んでから、おそらく半年ほどが経った。いや、まだ半年しか経っていないのかと、書いてみて思わされる。しかしながら、まだ浅いとはいえ、沼に沈むことで意識するようになったボールペンの選び方の主な視点について、言葉にしてみようと思う。そして、良いボールペン(=人を沼に沈めるボールペン)とはどういうものなのか、考えてみることにしたい(※ちなみに、沼に沈んだ経緯は過去の記事をご参照ください)。
 
 以下は、ボールペンを選ぶにあたって比較することになる、6つの観点についてまとめた(好き勝手に語った)ものです。
 
①軸の太さ
 ペンの握りやすさを決めるのは、軸が細いか太いかという点である。自身の手の大きさと、長年使ってきたペンによる慣れとの相関によって、それは人によって異なる。また、日常的に書く文字の大きさによっても変わってくる。小さな文字を書く機会が多ければ、小回りの利く細軸を選ぶのがよいかもしれない。ただ、後述する重さや高級感、書き味という観点から追求を始めると、徐々に軸径は太くなっていく。見た目のスマートさから細軸を選ぶか、握り心地から太軸を選ぶかというのは、難しい問題だと思う。
 
②重さ
 軽いペンは書きやすいけれど、良いペンだなと思うのはどうしてもずっしりとした重さのあるペンで、その重量が、高級感を醸し出す。たとえば胸ポケットに入れたとき、そこにそれがあるという存在感を放ったり、手に持ったときに所有欲が満たされたりする感覚を与えてくれるのは、その重さである(「つまりはこの重さなんだな」というのは本当にその通りだと思う。梶井基次郎はすごい)。でも重いペンは重たいから疲れる、というのも揺るぎない真理だし、重ければよいということでもない。
 
③重心
 そして、ずっしりと重みのあるペンを使って筆記するとき、その取り回しの良さを定義づけるのが、重心の位置である。
 低重心なペンの安定感は、文字をしっかりと書く心地よさを与えてくれる。一方で、そんな低重心のペンに慣れたとき、高重心のペンを使って書いてみると、不思議な違和感を覚える。ペン自身の重さに反して書き味が軽い、という違和感である。そこでようやく、そのペンが「重さで書く」ペンなのだと気づかされる。滑らかなインクリフィルの入ったペンは、握る手に力を込めずとも、筆圧が高くなくとも、紙の上を流れるように文字を書き続けられる。「書く」という行為の種類が異なるのだ。
 
 紙からしっかりと伝わる書きごたえを味わうならば低重心だが、ペンとインクの重さに手を委ね、その滑らかさに酔うならば、高重心を選ぶことになるだろう。良いペンやインクの定義として、甲乙をつけがたい項目の一つであり、個人的にも、気分や場面、書く内容によって持ち替えるのが楽しいと思っている。
 
④機構
 ボールペンの機構は、大きく二つ、ノック式か回転繰り出し式かに分けられる。これも、デザインや慣れを含んだ好みによる部分が大きい項目だと言える。ノック式に慣れていると、その手軽さによって、軸を回転する煩わしさを敬遠しがちだが、両手で軸あるいは天冠を回す瞬間は、文字を書き出すことへと気持ちを集中させるスイッチになりうる。書くという行為への一種の敬意の表現と言えるかもしれない(もちろんそれは、ノック感の優れたペンをノックするときにも言えることではある)。
 
⑤素材
 プラスチックのボールペンを離れ、アクリル樹脂やステンレス、真鍮あるいは木軸へと持ち替えると、手触りを左右するその素材感を楽しむこともまた、ペン選びの醍醐味だと感じられる。木の温もりや手触りに一度はまってしまうとやみつきになる一方で、金属のボディから感じられる技術の粋や高級感は、一目見てわかる風格や威厳を放ち、それがまた所有欲を満たすことにつながっていく。
 
⑥インク規格
 パーカータイプと呼ばれる、一般に広く流通するリフィルタイプがG2規格である。英国王室御用達のブランド「パーカー」が開発したリフィルであり、クインクフロー(パーカー)、イージーフロー(シュミット・伊東屋・デュポン他)に加え、日本のジェットストリームのインクもある。この規格に対応したペンを選べば、1本のペンを、リフィルを交換しながら異なる書き味で楽しむことができる。インクごとの黒の発色や滑らかさの微妙な違いを味わいながら、自分の好きなインクを探求するのが、何とも楽しい。
 
 しかし、メーカーの独自規格のリフィルにも、良いものは数多い。それは、各社の自信の表れでもあり、このペンにこのインクありというメッセージでもある。代表的なものに、ジェットストリームと双璧を成すパイロットのアクロインキ、ドイツのLAMYのインク、スイスのカランダッシュによるゴリアットなどがある。
 他社との互換性がないことを残念に思いつつも、唯一無二の書き味が、時折恋しくなって戻ってくる。そんなとき改めて、ペンそのものの個性を感じるのである。
 
 
 と、思いつくまま語って、その文字数に自分で驚いた。しゃべりたいことをしゃべるために、筆記具の、とりわけボールペンの魅力を語りたいと思って書き始めたけれど、こんなことを直接人に語ったら、話が長すぎて嫌われそうだなと思う。好きなものの話を語って嫌われたら最悪なので、せめて文章の形で許していただきたい(そこには読まないという自由があるから――と、最後に書くことではないなと思った)。
 
 記事のタイトルを、「ボールペン選びの6つのポイント」などとしてもよかったのだけれど、別に広く読まれたいと思って書いているわけではないので、6という数にちなんでこのようにした。結局のところ好みではある。でも、何を判断基準に好き嫌いを考え、選ぶのか、そのヒントになればいいなと思う。記事を読んだ人が、「ちょっといい感じのボールペン」をよりいっそう欲しくなったとしたら(飯テロならぬボールペンテロになれば)、とても嬉しい。どんなペンがあるのだろうと調べ始めること、それが沼への確かな一歩目です。