木と交わす契り

 昨年末に木軸のボールペン、LAMY2000ブラックウッドを購入してから、木製のペンに惹かれるようになった。筆記具を調べていくと、きっと必ず出会うのだろう、木軸のペンをたった一人で作る職人、永田篤史さんの工房楔(せつ)の木軸ペンに、年始から惹かれ始めていた。
 
 木と契りを交わす、工房楔のペンは、希少な木材の希少な部分を使って製作される。浮き出る木目は杢(もく)と呼ばれ、その杢の出方の鮮やかさによって、同じ素材でも価格が異なる。昨今は木材の価格高騰もあり、良い杢の出る数も減っているという。同じ表情の杢は二つとなく、イベントで出会う自分だけのペンを選ぶ悦びも、その魅力の一つになっている。

 

 YouTubeでのレビューによる知名度向上によって、「木軸ブーム」なるものが起こっていると言われるほど、その人気は高い。特に工房楔は、店舗を持たず、ネット販売も不定期の抽選販売に限られ、確実なのは各地で行われるイベント(即売会)に足を運ぶこと。そのイベントも抽選となるが、抽選がなかった昨年は、販売イベントに前日から並ぶなど、一部で混乱もあったほどらしい。

 

 そんな工房楔のペンを手にしてみたくて、1月末あたりから、ネットの抽選販売にときどき応募してはことごとく外れ、その人気ぶりを実感せざるをえない日々が続くなかで、神戸三宮で行われるイベントの抽選に、なんと当選したのだった。


 3/19(土)~21(月)の3日間あるうち日付指定はできず、自分の休日も19日しかなかったなかで、希望日の19日に当選したとわかったときは、返信された往復葉書を何度も見返して現実かどうか確かめた。

 なるべく多くの人に見て選んでほしいという配慮から、店頭でペンを選ぶ時間は20分に限られる。前日には陳列された商品の紹介動画が上がり、目を皿のようにしながら売場をイメージし、どうか売れ残っているようにと願って当日を迎えた。

 

 結果から言うと、購入できたのは欲しかった樹種すべて、である。これはもう、縁と奇跡だと思っている。
 ここからが、戦利品のレビューになる。

 

①黒柿孔雀杢 ペンシル0.5mm
 LAMY2000、ROMEO No.3とボールペンを立て続けに購入してきたので、シャープペンシルをまず選ぼうと思った。
 墨で描いたかのような流れる黒い杢が織りなす模様が、孔雀の羽根のように見えることからその名を冠した、黒柿孔雀杢。杢の出方によって価格は大きく異なり、黒が多く、目が細かいほど高価になっていく。木材そのものの値が高騰しており、今後ますます良いものが出せなくなるだろうと聞き、何としても欲しかった。高値がついたものから売れていったのが、着いてすぐにわかったけれど、欲しいと思える杢が残っていて本当によかった。

 

 艶のない、さらさらとした質感は、使えば使うほどに手に馴染み、手と一体になっていくような心地よさを味わえる。道具は身体の延長としてふさわしいものこそ優れていると言えるが、工房楔の黒柿はまさにその意味で至高だと思う。思い浮かんだことをすらすらと書き進めていく心地よさがあって、書いていたくてつい長々とペンを動かしてしまうほどである。


 手帳に書くときはボールペンだけれど、仕事柄、シャープペンシルを使う機会も多く、かつ大切な場面が多い。新たな相棒の一つとして、大切に使っていきたいと思う。(余談だが、Twitterで写真をアップしたとき、ハッシュタグをつけていないのに、黒柿が最も多くいいねをいただき、心酔する人たちの多さを実感した次第)

 

②ローズウッド瘤杢 ルーチェペン(ボールペン)
 深いブラウンに、複雑に波打つ杢と、宝石のような光沢を備え、艶のある手触りも極上な一本。
 シャープペンシルとボールペンをまずは1本ずつ決めるという過程で、他の樹種以上に惹き込まれた。リフィルにROMEO No.3と同じeasy flowを入れることができ、滑らかな書き味がさらに幸福感を高めてくれる。

 

 美しい杢の入ったペンを使って思うのは、書いている間も、ペン先を紙から離したときの時間もいとおしく感じられるということである。書くことを考える傍らで、思わず回して眺めてしまう時間がある。一日を振り返ったり、明日のことを考えたりして書き留めるという、とりとめのない時間に、一本のペンがこれほどの幸福感を与えてくれるのかと、改めて振り返って感動してしまう。宝物の一つになったペン。

 

③花梨瘤杢 ペンシル0.5mm
 もしも黒柿とローズウッドが売り切れてしまったら、と考えていた候補が、花梨の瘤杢だった。
 花梨には細かな杢が波打つリボン杢や、赤と白の部分が共存する紅白などもあるが、個人的には緋色の深く濃い瘤杢が欲しかった。入り組んだ杢はまるで炎をまとったようで、艶のある高級感もたまらない。黒柿とローズウッドの2本で、最も高価なものがすでに売り切れていたことで、用意していた予算内に収まりそうだったので、これを逃すわけにはいかないと思った。
 使用頻度はどうしても黒柿のほうが高くなってしまうけれど、経年変化を楽しみにしながら、使い続けていきたい一本である。

 

 こうして、夢のような20分はあっという間に過ぎた。抽選であれほど当たらず、たった1本を購入することすら難しいと思い続けたペンが、同時に3本手に入ってしまうことが嬉しいを通り越して怖くすらあって、購入から数日経ってもまだ現実味が薄い。写真を載せないこのブログ上で、こんなふうに語る必要があるのかどうか、ためらってはいたけれど、とても大切な出来事になったので、こうして残しておくことにした。

 

 杢の魅力は計り知れない。念願の杢のペンを手にしても、他の樹種も気になってしまう。購入機会が限られることで、頻繁な散財を抑制できるのがある意味救いのようで、入り組んだ杢のような複雑な気持ちになるのだった。