確かな自己を保ちながら

 さすがに説明会2つこなすのはなかなかしんどかったです。午後からの説明会はグループワーク選考も兼ねていたので結構疲れました。それでもしっかり社員の方を見極めつつ、合う部分、合わない部分を自分と照らし合わせることができたと考えています。
 精神的に信じられないほど良好な状態なので、疲れ方すら心地よく、来週の面接に向けて気持ちも高めながら週末を過ごせそうです。


 疲れたー、と思いながら企業を出て帰路につく際に、携帯電話を見てみると、びっくりするようなことが立て続けに飛び込んできました。


 先週末に郵送したESが合格。
 昨日受けた一次面接が合格。


 今日の説明会は午前中の企業のほうは選考を辞退させていただきましたが、午後からグループワークにも参加した企業は本当に楽しそうだったので、入社したいと思える企業がまた一つ増えたと満足していた矢先の連絡でした。疲れも吹っ飛びます。
 素直に、思うがままの自分を、企業側の求めている価値観に合わせて表現していくことができている証拠なのだと思っています。現在選考中の企業のうち、入社する覚悟ができるのは5社。5本もの柱があれば、まず簡単には折れないのではないかと思います。業界はそれぞれ異なりますが、自分の積み重ねてきたものと、働くうえでの接点が、どの企業にも見い出せているため、何も怖いものはありません。
 4月とは明らかに違った自分がここにいる気がします。


 変わろうと意識したというわけではなく、結局は変わらないままあり続ける自分の軸を再認識して、そこから仕事における価値観を改めて構築し、アウトプットするために考えて考えて考え抜いたのだと、これまでを振り返って思います。
 小説に、芸術に一生懸命な自分を失うことなく、そこで得られたものを基盤に、別方向へと自己を拡張しようと試みたことが、何とか成功し始めているのではないかと、そんな気がしています。


 ただ、就職することだけに一生懸命になって、自分の本当に大切にしたいことを見失いたくないという意識はずっと持っています。久々ですが、一冊読み終わりました。文体を変えてお送りします。




 幸田文[著] 『包む』(講談社文芸文庫


 緩やかで、かつ芯のある文章で書かれた、優しいエッセイである。
 タイトルの穏やかさが何を表現しているか、それはこちらが語るより、著者自身の言葉で感じ取ってもらうべきだと思うので、最も本質的なことが書かれた箇所を引用する。


 ――包むに包みきれずあらわれてしまうのが書くということだ。包みかねるのが文章で、包みたいのがわが心ではないかとおもう。包みたい節がたくさんあるからこその「包む」であり、逆に何を包まんわが思いなどと、いったん包んだ心をほどいて見せるようなへんてこなこともしたくなるのである。包んでもほどいても、作文はすでに書くひとの底を見せているものだとおもう。(あとがきより)


 ふと、誰かにメールしたくなったり、できごとを書き留めたくなったりすることが、誰にでもあるのではないかと思う。何気なく思い立った事柄を、しばらく経ってから思い直して言葉にしてみたり、思わず筆をとって何かを書き付けたり、そういう、ひとに物事を書かせるその瞬間、わずかに揺らめく心のあり方を、なんと繊細に書いているのだろうと思った。
 一篇十ページ前後のエッセイは、どれもすべて、著者が身近に感じたもののなかから書かれている。子どものころに感じ取って、それきり思い返すこともなかった事柄が、あるときまったく別の形をとって現れた瞬間。そして、長い間言葉にすることなく、心の奥にあった些細な思い。包むことの美徳を理解しつつ、包みきれずに表れてしまう心の奥ゆかしさや、包み隠さず言葉にする面白さが、読み手にじんわりとしみわたっていく。
 それこそ、彼女の言葉やおもいに、こちらが包まれているような心地になった。


 現在に一生懸命になりすぎるあまり、立ち止まって過去を振り返らず、ひたすら前だけを見て未来に進もうと生き急いでいる人にこそ薦めたい一冊である。