開かずの郵便受け

 普段、あまりに郵便受けを見ない。
 不要なチラシが9割以上を占め、名指しで来る重要な郵便物など滅多にないうえ、仕事の鞄が重たいので、郵便物を手に取るのが面倒に思えるというのが主な理由である。毎日見ずに、余計なDMが溜まったら捨てる、を繰り返している。
 が、それでも1週間以上郵便受けチェックしないのはまずかった。
 開かずの郵便受けから悲劇は起こる。


 先月の初めに免許の更新をして、新たな免許証を簡易書留で送ってもらうように、仕事が休みの日を指定しておいた。そう、身分証明書なのだから、単なる郵送ではない。わざわざインターホンが休日に鳴る。受け取れないはずがない。そう思っていた。
 今思えば、心の片隅でずっとインターホンを待っていたから、郵便受けを見ることなく日々が過ぎたのかもしれない。


 結論から言うと、受け取れなかったのである。しかも、ただの受け取れないではない。郵便物の保管期間を過ぎてから、預かり証を発見したのだった。6月1日に見る、保管期間の最終日の日付、5月29日には血の気が引いた。


 いったいいつ配達されたのか。休日の昼過ぎを指定していたはずだとそこで思い出し、預かり証を見る。確かに休日の14時半ごろに配達が行われている。郵便屋さんに一切の落ち度はない。
 では、そのとき自分は何をしていたのか。慌ててtwitterで配達された日の行動を振り返る。ツイートを見て落胆した。Surface片手に喜び勇んで仕事をしにカフェに出かけているではないか。しかも、家を出たのは配達が行われる約10分前。悲しすぎるニアミスである。
 なんと愚かな。乾いた笑いがこみ上げた。再配達は無論仕事の曜日に行われ、受け取れるはずもない。とはいえ、どうして今の今まで郵便受けを一度も見なかったのか。差し迫っていた仕事があったというのは仕方がないとしても、自分の都合で日時を指定し、それをさっぱり忘れて別のことをしていた自分が許せない。ていうか見ろよ、郵便受け。免許証が届くのがわかっているのになぜ見なかった。
 と、笑い話にもできず、しばらくはひたすら自分を呪っていた。


 保管期間が過ぎた郵便物はいったいどうなるのか。さすがに破棄はされないだろうし、まだ郵便局に残っている可能性もわずかながらあったので、翌朝出勤前に、一縷の望みにすがるように電話で確認した。が、思っていた通り、差出人に返送した、という返答。免許証は警察が外部委託している業者が送ってくるため、よくわからない会社名が預かり証には記載されていたが、郵便局側もその連絡先まではわからないという。
 どうしたものか。免許証を遺失したとして、再発行してもらうしかないのか。ネットで調べてみると、再発行には改めて3600円かかる。こんな愚かな出費はない。しかし、もうそれしか方法はないのではないか。ただでさえ最近は休日の出勤が減って収入が少なくなっているというのにその出費は痛すぎる。払いたくない。なんとかしたい。郵便受けさえ見ていればこんなことにはならなかった。ていうか見ろよ、郵便受け。
 そんなことを思いながら、出勤前、再び自分を呪っていた。


 それが、日曜日の朝である。
 そこから水曜日の今日に至るまで、どうすることもできず過ごしていた。で、警察署に郵便受けを見なかった罪を自首するために出頭したのだが、警察署のほうから免許証を配達する業者に確認をとってもらうと、送り返されてきているので、再送します、と明るく爽やかに言われた。
 ただし、自宅のほうに郵送すると改めて料金が発生するので、警察署のほうに郵送したものを取りにくることを勧められた。とにかく3600円を払わずに済むのならと、再び出頭(違)することに決め、警察署を後にしたのだった。あまりにあっけなく解決し、自分を呪った3日間の精神的疲労にため息をつく。ていうか見ろよ、郵便受け。


 そういうわけで、悲劇は悲劇のまま終わることなく幕を閉じた。
 無論、それ以来郵便受けを見ない日はない。