静かなる魂の旅立ち

 晴れて就職先が決まったら、まず真っ先に買おうと決めていたものがある。何が何でも絶対に買ってやろうという、ある意味このために内定を取りにいったのではないかと思わないでもないが、それはまあ、明らかに言い過ぎである。


 で、一体それが何なのかと言えば、河出書房新社から9月の末に発売された、『須賀敦子 静かなる魂の旅』という、作家須賀敦子さんの歩いた道を、作品の朗読と併せて180分の映像で辿ることができる、DVD+愛蔵本の永久保存ボックス(税込5040円)、通称「あっちゃんのDVD(違)」である。


 昨年に『ユルスナールの靴』(河出文庫)を読んで以来、この日記にも何度となく書き連ねるほど、その文章と彼女の歩き続けた道にすっかり魅せられている。少しずつ全集をひもとくようになった今、作品に刻みこまれた記憶の欠片を映像で享受できるものがあるなどと知ってしまえば、見ずにいられるわけがない。
 けれど、就職が決まらず不安定な心持ちのときに、「静かなる魂の旅」に出ることはできそうもないと思い、彼女の歩いた、ガイドブックに載らないイタリアの風景に憧れを抱きながら、ずっとこの機会を待ち望んでいたわけである。


 行きつけの某巨大書店Jにて、つねに平積みにされて待っていたこのDVDボックスを、ようやくレジへと持っていけるというよろこびを噛み締めながら手に取った瞬間の感情は、ちょっと筆舌に尽くしがたいものがある。
 ほくほく、という言葉はまさにこういう状況を言うのだなと実感したしだいである。


 現在、大体80分ほど、序章、ペルージャ、ローマ、アッシジと、須賀さんが結婚する手前ぐらいのところまで観終えた。一気に最後まで観てしまうのはもったいない気がして、時間がないわけではないが一旦観るのをやめて置いてある。


 ここまでの感想を書くとすれば、本当に期待通りとしか言いようがない。ところどころ全集を読むだけではしっかりと頭のなかで整っていなかった時系列が、幼少期から順に映像で観ていくことで整理されていくし、何より須賀さんの書いた文章を引用する際に、それに見合った映像が丁寧に映し出されるところがいい。バックに流れる今井信子さんのヴィオラも心にしみ渡り、原田知世さんの朗読も申し分ない。
 ゆったりと、静かに流れていく時間を感じながら、気がつけば心ははるか遠くイタリアにいる。現実に流れる時間から離れ、そして日本という島国から離れ、須賀さんが経験した文化の交流を思う。それこそ、Blendyのボトルコーヒーでつくったカフェオレを飲みながら観るのがぴったりかもしれない。


 さて、残りの約1時間40分。実は上映会をしようと友人と企てていたりするのだが、すべて観切ってしまうかどうか悩む。そして、何も就職が決まったら買おうと思っていたのはこれだけではなくて、すでに何冊も、読もうと思って自室に積んである本の山に、今日新たにまた5冊ほど追加することになった。
 どこから手をつけるか。うれしい悩みではある。