まさに、あるようなないような

 普段よく耳にしたり、何気なくしゃべる内容のなかに登場していたりするけれど、誰もそれそのものを見たことがないもの。それがなんと商品として販売されていて、書店にそのカタログがひっそりと置いてあった。創業は明治らしい。老舗である。


 クラフト・エヴィング商會[著] 『ないもの、あります』(ちくま文庫


 この本は、小説とかエッセイとかいうジャンルではなくて、日本語の慣用表現に出てくるもの(例えば、堪忍袋の緒、左うちわ、転ばぬ先の杖など)を、イラストにおこし、商品としてその使用方法を示したカタログという体裁を取っている。ゆるいようでささやかな毒のある文章と、商品のシュールなイラストがとにかく素敵で、申し込み方法がもし書かれていたら、すぐさまお問い合わせしてしまっているのは間違いない。読んでいてまさに「目からうろこ」だった。寝不足でコンタクトレンズを装用していたが、あれは絶対にうろこだったはずである。


 ないものが、ある。その実践を行っているこの本の存在は結構とんでもないことで、「ないはない」という言葉を残した初期ギリシアの哲学者パルメニデスもびっくりであろう。
 あ、でも逆に、ないはずのものが「ある」のだから、結局「ない」はないわけで、パルメニデスの教えを実践してしまっているのかもしれない。


 とまあ、読み終わってからも何やら深遠なことを考えてしまうぐらい面白い本で、すっかり著者たちの「思う壺」な気がしている。思わずひとに薦めたくなる本なので、しばらくは「語り草」にするだろう。