そこはかとなく書きつくれば

 スケジュール帳以外のノートを使うのが苦手だった。
 美しいノートは世の中に溢れているのに、それを手にしても、どう使うのが良いのか、わからない。
「何を書いてもいいから自由に使おう」そう思って、何かを書くために買った何冊かのノートは、いずれも最後のページを迎えることなく机の隅に積まれていくことになった。


 書きたいことがないわけではない。読書メモや本の感想、日々感じたことや、文字の練習と、書こうと思えば何かしらはある。それでもいつの間にか書かなくなって、メモはスマホで済ませるようになり、結局ノートの出番はなくなった。
 だから、デザインに惹かれるノートを見つけても、さすがにもったいなくて、2017年を最後に何かを自由に書けるノートは買っておらず、そのとき買ったノートも、何かの折に思い出して使いつつ、いまだに最後まで使い切れてはいない。
 何かを書くことで頭の中を整理したり、自分の中の興味関心や問題意識を客観視したりできるはずなのに、面倒に思う気持ちが勝手しまって、結局ノートを使うことは習慣にできず、自分には向いていないのだと思うようになってしまった。(「人生が変わるノート術」のような本を買って読んでも、大して実践できずじまいだった。)

 

 と、ここまでが昨年までの自分である。
 この記事で言いたいことは一つ。良い文房具は、生活習慣を変えるということ(言い方がしょうもない自己啓発書みたいな文言で、あまり好ましくないのですが、別に何か特定の価値観を押しつけるために書いているわけではないので許していただければ幸いです)。

 

 前々回、「文具沼のほとりから」という記事を通して、LAMY2000ブラックウッドを購入したことを書いた。手書きで何かを書くことの楽しさについてそこで触れたのだけれど、沼にはまだ続きがある。

 

 いろいろと筆記具を調べていくうちに、伊東屋のROMEO No.3というボールペンの存在を知った。アクリル樹脂を削って作られたボールペンで、1本1本異なる光沢とマーブル柄が美しく、重心バランスや純正インクの筆記性能も卓越した評判のボールペンである。いつかこれも手にしてみたいなと思った矢先、それが2月から約2000円値上がり(9900円から12100円になる)し、細軸は品切れ、太軸は残りわずかの在庫という場面で出会ってしまった。高額ゆえの躊躇はあったけれど、その後の流れは言うまでもない。

 

 そうして届いたROMEO No.3 太軸(イタリアンアンバー)によって、手元には人生をともにしていくボールペンが2本になった。必然的に、使用頻度がLAMYかROMEOのどちらか片方に偏ってしまうのではという危惧があったのだけれど、ROMEOに純正の油性インクeasy flowを入れてみて、それが杞憂に終わる。

 しっかりとした書き味で、丁寧に文字を書くのを楽しめるLAMY2000に対し、ROMEO No.3は非常に滑らかで、すらすらと筆記するのに適している。両者とも、書き味と得意分野が異なるのである。だから、ゆっくりと気持ちを整理したいときはLAMY2000、思うままに書きたいときはROMEOと、そのときの気持ちや書きたい内容によってペンを使い分けられる、そう思った。とにかくどちらも書いていてとても心地よく、ずっと書いていたい。徒然草の冒頭「あやしうこそものぐるほしけれ」とはこのことだろうか、と思うなどする。

 

 仕事には両方持っていくのに、職場で使用したのが片方だけの日は、帰ってからもう片方を使うようになり、気が付けば、何か書くことはないかと探してしまう。そこで、冒頭に触れたノートのことを思い出した。それだけ書きたい気持ちが強い今なら、ノートを買ってそこに何かを書く習慣が身につくのではないか。
 ボールペンとともに、方眼のプロジェクトペーパーやルーズリーフを買っていて、しばらくはそこに、思いついたことを書いていたのだけれど、ふと休日に向けて何をするか書きながら考えていると、だらだらしてしまう自分を律するために、その日のうちにやっておきたいことを書いたり、翌週までに済ませておきたいことを思い出したりして、思いのほかすっきりしたのだった(このとき改めて、罫線より方眼のほうが個人的には書きやすい、ということを実感した)。

 

 ブログ以外の場所に、自分しか見ない私的な日記を書くのが苦手だったのだけれど、そんなふうに仕事外でやっておきたいこと、考えたいことを綴ると、仮に似たようなことを書いてしまっても、それを「また同じことを考えてしまっている」と視覚的に気づくことができる。思考の痕跡として、それはルーズリーフなどではなく、1冊のノートに記し、見返す価値があるのではないかと思った。

 

 こうして、2017年以来、新たにノートを購入することになる。
 買ったのはSTALOGYの365デイズノート(A5)。4mm×4mmの控えめな方眼に、縦軸には0~24までの数字が振ってあり、自由に書くことも、時間ごとに区切って使うこともできる。
 1ページ目にいくつかノートを使うときのルールを決め、思考の整理のためにと使い始めた。

 

 ・書き始めるときは必ず日付を書くこと。
 ・思ったことはなるべくそのまま、(箇条書きでなく)文の形で書き込むこと。
 ・同じような内容になってもいい、雑に書いてもいいから、毎日ノートに向き合う時間を作ること。
 ・その日あったことを書く日記としてではなく、(日記になってもいいが)これからのことを書くこと。
 ・ページが埋まらなくても、一つのテーマで書くことがなくなったら、次のページに行ってよい。
 ・読書メモや、ブログ記事の下書きにも使うこと。

 

 そんなことを決めて、4日経ってすでに12ページほど書き連ねている。365デイズノートと言いながら、1日1ページにするつもりはさらさらないのだった。
 2月を目前に、次年度の仕事については、幸いなことに今年度とそれほど大きく変わらずに続けられそうだとわかりつつある。だから、仕事外の生活を、惰性で送ってしまわないように、筆記具を片手にノートと向き合いながら、日々過ごしていけたらと思う。まずはこの365デイズノートを、最後まで使い切ることを目標に。

 書くことは、生きることである。